Vol. 2May 2026

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大江山

楠山正雄

大江山 楠山正雄 一 むかし源頼光という大将がありました。その家来に渡辺綱、卜部季武、碓井貞光、坂田公時という四人の強い武士がいました。これが名高い、「頼光の四天王」でございます。 そのころ丹波の大江山に、酒呑童子と呼ばれた恐ろしい鬼が住んでいて、毎日のように都の町へ出て来ては、方々の家の子供をさらって行きました。そしてさんざん自分のそばにおいて使って、用が

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大江戸黄金狂

野村胡堂

山浦丈太郎は、不思議な手紙を受取りました。その意味は――。 其方は人を殺した。それはお家の奸臣を除くためであったとしても、人間一人の命を絶ったことには何んの変りもない、其方も武士なら、来る八月の十五日箱根の間道を登って、太閤道の辻堂の前に、日没と一緒に立つがよい。その方を親の敵と狙う、万田龍之助は父祖由緒の地に其方を迎えて、敵名乗をあげるだろう。最早主家帰参

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大江満雄に

槙村浩

こゝに機械の哲学者がある―――彼は思考し、血潮の中に機械のどよめきをでなく、血潮と共に脈動する機械のリズムを感ずる彼ははつらつたる工場の諧調を背負うて、齟齬しながら鈍重に歩いて行く こゝに機械の哲学者がある―――彼は技師を宣言し、一切に正面照明を送る照明はゆかいに大大阪を漫歩する機械にまで虚偽を造る資本の虚偽と、百万の労働の精神とを透過し浮揚する二重性をもっ

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大漁貧乏

中谷宇吉郎

最近のラジオで、宮城縣のサンマの大漁貧乏の話をしていた。 サンマがとれすぎて、加工も間に合わず、一貫三十圓まで下がったが、それでも買い手がないということであった。漁業會の人だったかが、「もうこうなると、少し漁がなくなってくれるのが、一番いいんですがね」とこぼしていた。 氷が間に合わず、魚肥にするにも釜が足りないとなると、こういう贅澤な(?)悲鳴が出るのも仕方

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大生寺

中谷宇吉郎

福岡県浮羽郡の浮羽町に、大生寺という臨済宗の古刹がある。そこの方丈芝原行戒師とは、前から知り合いだったので、さる六月の北九州旅行で、二晩ご厄介になった。 寺は山腹にあって、筑後平野を一望に見渡し、緑蔭清風の申し分ない環境であった。境内の結構にも、京洛の古寺の面影があり、庭石にも石壇にも、美しい苔がついていて、水が非常に綺麗であった。九州にもこういう寺があるか

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大田垣蓮月尼のこと

上村松園

大田垣蓮月尼のこと 上村松園 毅然たる中に、つつましやかさ、優しさ、女らしさを備えていることは、日本女性の持つ美徳でありこれあってはじめて、いざという場合真の強さが発揮される。 大田垣蓮月が、維新の混乱期にあって女ながら日本のゆくべき道を極めてあやまらなかったことは、自ずから皇国護持の精神を発揮したものといってよい。 しかも、内に滔々たる勤皇の大志に燃えなが

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大町米子さんのこと

宮本百合子

大町米子さんのこと 宮本百合子 はじめて大町米子さんにあったのは、いまから十年ばかりまえのことであった。友達から紹介されて、うちへいらした。夏の夜だったとおもう。団扇をつかいながらいろいろ話がでて、大町さんはだんだん自分のくるしい境遇のことや、結婚の問題についてはなした。そういう問題をはなすについても、大町さんの正直さ、人間として一番よく生きてゆこうとしてい

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ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ

幸徳秋水

ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ 幸徳秋水 近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを以て充満せらるるかを疑わしめたり。怪しむ勿き也。軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること

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(ダダイストが大砲だのに)

中原中也

ダダイストが大砲だのに 女が電柱にもたれて泣いてゐました リゾール石鹸を用意なさい それでも遂に私は愛されません 女はダダイストを 普通の形式で愛し得ません 私は如何せ恋なんかの上では 概念の愛で結構だと思つてゐますに 白状します―― だけど余りに多面体のダダイストは 言葉が一面的なのでだから女に警戒されます 理解は悲哀です 概念形式を齎しません ●図書カー

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大礼服の例外的効果

宮沢賢治

大礼服の例外的効果 宮沢賢治 こつこつと扉を叩いたのでさっきから大礼服を着て二階の式場で学生たちの入ったり整列したりする音を聞きながらストウヴの近くできうくつに待ってゐた校長は 低く よし と答へた。 旗手が新らしい白い手袋をはめてそのあとから剣をつけた鉄砲を持って三人の級長がはいって来た。校長は雪から来る強い反射を透して鋭くまっさきの旗手の顔を見た。それは

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ビジテリアン大祭

宮沢賢治

ビジテリアン大祭 宮沢賢治 私は昨年九月四日、ニュウファウンドランド島の小さな山村、ヒルテイで行われた、ビジテリアン大祭に、日本の信者一同を代表して列席して参りました。 全体、私たちビジテリアンというのは、ご存知の方も多いでしょうが、実は動物質のものを食べないという考のものの団結でありまして、日本では菜食主義者と訳しますが主義者というよりは、も少し意味の強い

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大秦景教流行中国碑に就いて

桑原隲蔵

大秦景教流行中國碑に就いて 桑原隲藏 私は明治四十三年四月の『藝文』に、「西安府の大秦景教流行中國碑』といふ論文を發表した。そののち大正十二年の六月に、景教碑の模型の京都帝國大學到着を記念すべく開かれた史學研究會で、「大秦景教流行中國碑に就きて」と題する講演をした。茲に掲ぐる論文は、さきの論文と講演とを一纏めにして、新に作つたものである。 茲に紹介する景教碑

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大脳は厨房である

富永太郎

眼球は日光を厭ふ故に 瞼の鎧戸をひたとおろし 頭蓋の中へ引き退く。 大脳の小区画を填めるものは 困憊したさまざまの食品である。 青かびに被はれたパンの缺け、 切り口の饐えたソオセエジ…… オリーヴ油はまださらさらと透明らしいが 瓶一面の埃のために よくは見えない。 眼球は醜い料理女である。 厨房の中はうす暗い。 彼女は床のまん中で 少しばかりの獣脂を焚く。

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大脳手術

海野十三

大脳手術 海野十三 美しき脛 いちばん明るい窓の下で、毛脛を撫でているところへ、例によって案内も乞わず、友人の鳴海三郎がぬっと入ってきた。 「よう」と、鳴海はいつもと同じおきまりの挨拶声を出したあとで、「そうやって、君は何をしているんだ」と訊いた。 「うん」 と、私は生返事をしただけで、やっぱり前と同じ動作を続けていた。近頃すっかり脂肪のなくなったわが脛よ。

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大自然を讃う

豊島与志雄

大自然を讃う 豊島与志雄 人の生活に最も大事なのは、自分の生を愛し慈むの感情である。生きてるということに対する自覚的な輝かしい感情である。なぜならば、そういう感情からこそ、本当に純な素直な力強い生活心境が生れてくるのだから。 この自分の生を愛する心を、吾々は忙忽たる人事のうちにあって、往々にして失いがちである。そして第二義的なものに――生の本質にではなくして

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大船駅で

萩原朔太郎

例年の如く詩話會の旅行をする。一時二〇分大船經過の列車で行くから、同驛にて待ち合せよといふ通知が佐藤惣之助君からきた。丁度旅行に出たいと思つてゐた矢先なので、早速同行することに決心した。 旅行の樂しさは、しかし旅の中になく後にない。旅行のいちばん好いのは、旅に出る前の氣分にある。『旅に出よう!』といふ思ひが、初夏の海風のやうに湧いてくるとき、その思ひの高まる

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大菩薩峠 02 鈴鹿山の巻

中里介山

一 「浜、雪は積ったか」 炬燵に仮睡していた机竜之助は、ふと眼をあいてだるそうな声。 「はい、さっきから少しもやまず、ごらんなされ、五寸も積りました」 「うむ……だいぶ大きなのが降り出した」 「大きなのが降ると、ほどなくやむと申します」 「この分ではなかなかやみそうもない、今日一日降りつづくであろう」 「降っているうちは見事でありますが、降ったあとの道が困り

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大菩薩峠 03 壬生と島原の巻

中里介山

昨日も、今日も、竜之助は大津の宿屋を動かない。 京都までは僅か三里、ゆっくりとここで疲れを休まして行くつもりか。 今日も、日が暮れた。床の間を枕にして竜之助は横になって、そこに投げ出してあった小さな本を取り上げて見るとはなしに見てゆくうちに、隣座敷へ客が来たようです。 「どうぞ、これへ」 女中の案内だけが聞えて、客の声は聞えないが、畳ざわりから考えると一人で

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大菩薩峠 04 三輪の神杉の巻

中里介山

一 大和の国、三輪の町の大鳥居の向って右の方の、日の光を嫌って蔭をのみ選って歩いた一人の女が、それから一町ほど行って「薬屋」という看板をかけた大きな宿屋の路地口を、物に追われたように駈けこんで姿をかくします。 よくはわからなかったが、年はたしか二十三から七までの間、あまり目立たないつくりで、伏目に歩みを運ぶ面には、やつれが見えて何となしに痛わしいが、それでも

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大菩薩峠 05 龍神の巻

中里介山

一 天誅組がいよいよ勃発したのは、その年の八月のことでありました。十七日には大和五条の代官鈴木源内を斬って血祭りにし、その二十八日は、いよいよ総勢五百余人で同国高取の城を攻めた日。その翌日、十津川へ退いて、都合二千余人で立籠った時の勢いは大いに振ったもので、この分ならば都へ攻め上り、君を助けて幕府を倒すこと近きにありと勇み立ち、よく戦いもしたけれど、紀州、藤

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大菩薩峠 07 東海道の巻

中里介山

一 これらの連中がみんな東を指して去ってから後、十日ほどして、一人の虚無僧が大湊を朝の早立ちにして、やがて東を指して歩いて行きます。これは机竜之助でありました。 竜之助の父弾正は尺八を好んで、病にかからぬ前は、自らもよく吹いたものです。子供の時分から、それを見習い聞き習った竜之助は、自分も尺八が吹けるのでありました。 眼の悪い旅には陸よりも船の方がよかろうと

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大菩薩峠 08 白根山の巻

中里介山

一 机竜之助は昨夜、お絹の口から島田虎之助の最期を聞いた時に、 「ああ、惜しいことをした」 という一語を、思わず口の端から洩らしました。 そうしてその晩、お絹は夜具を被って寝てしまったのに、竜之助は柱に凭れて夜を明かしたのであります。 その翌朝、山駕籠に身を揺られて行く机竜之助。庵原から出て少し左へ廻りかげんに山をわけて行く。駕籠わきにはがんりきが附添うて、

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大菩薩峠 09 女子と小人の巻

中里介山

一 伊勢から帰った後の道庵先生は別に変ったこともなく、道庵流に暮らしておりました。 医術にかけてはそれを施すことも親切であるが、それを研究することも根がよく、ひまがあれば古今の医書を繙いて、細かに調べているのだが、どうしたものか先生の病で、「医者なんという者は当にならねえ、人の病気なんぞは人間業で癒せるもので無え」と言って、自分で自分を軽蔑したようなことを言

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大菩薩峠 10 市中騒動の巻

中里介山

白根入りをした宇津木兵馬は例の奈良田の湯本まで来て、そこへ泊ってその翌日、奈良王の宮の址と言われる辻で物凄い物を見ました。兵馬が歩みを留めたところに、人間の生首が二つ、竹の台に載せられてあったから驚かないわけにはゆきません。捨札も無く、竹を組んだ三脚の上へ無雑作に置捨てられてあるが、百姓や樵夫の首ではなくて、ともかくも武士の首でありました。 「これは何者の首

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