Vol. 2May 2026

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14,981종 중 7,176종 표시

島木赤彦臨終記

斎藤茂吉

島木赤彦臨終記 斎藤茂吉 一 大正十五年三月十八日の朝、東京から行つた藤沢古実君が、蔭山房に赤彦君を見舞つた筈である。ついで摂津西宮を立つた中村憲吉君が、翌十九日の午ちかくに到著した筈である。廿日夜、土屋文明君が東京を立つた。 翌廿一日の午過ぎに、百穂画伯、岩波茂雄さんと僕とが新宿駅を立つた。たまたま上京した結城哀草果君も同道した。少しおくれて東京から高田浪

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島津斉彬公

中谷宇吉郎

昭和十九年の暮に、岩波文庫の一冊として『島津斉彬言行録』が出版された。これには牧野伸顕伯の序文がついている。 当時既に日本は断末魔の境にあり、この本なども、ぼろぼろの藁半紙のような紙に印刷されているまことに粗末な本であるが、これは私にとっては、大切な本の一つである。 牧野伯とは、思わぬ機縁で、今度の戦争の初め頃から、時々御目にかかっていた。ある晩、牧野伯が、

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ボニン島物語

久生十蘭

天保八年十二月の末、大手前にほど近い桜田門外で、笑うに耐えた忍傷沙汰があった。盛岡二十万石、南部信濃守利済の御先手物頭、田中久太夫という士が、節季払いの駕籠訴訟にきた手代の無礼を怒って、摺箔の竹光で斬りつけたという一件である。 奥州南部領は、元禄以来、たびたび凶荒に見舞われ、天明三年の大飢饉には、収穫皆無で種方もなく、三十万の領民の四分の一以上が餓死するなど

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崔書生

田中貢太郎

崔書生 田中貢太郎 崔は長安の永楽里という処に住んでいた。博陵の生れで渭南に別荘を持っていた。貞元年中のこと、清明の時分、渭南の別荘へ帰って往ったが、ある日、昭応という処まで往くと陽が暮れてしまった。 崔は驚いて馬をいそがした。そこは松や柏の茂った林の下で、まだ空の方は明るかったが、林の中はうっすらと暮れていた。と、見ると、すぐむこうの方に一人の綺麗に着飾っ

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ある崖上の感情

梶井基次郎

ある蒸し暑い夏の宵のことであった。山ノ手の町のとあるカフェで二人の青年が話をしていた。話の様子では彼らは別に友達というのではなさそうであった。銀座などとちがって、狭い山ノ手のカフェでは、孤独な客が他所のテーブルを眺めたりしながら時を費すことはそう自由ではない。そんな不自由さが――そして狭さから来る親しさが、彼らを互いに近づけることが多い。彼らもどうやらそうし

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崖の下

嘉村礒多

崖の下 嘉村礒多 二月の中旬、圭一郎と千登世とは、それは思ひもそめぬ些細な突發的な出來事から、間借してゐる森川町新坂上の煎餅屋の二階を、どうしても見棄てねばならぬ羽目に陷つた。が、裏の物干臺の上に枝を張つてゐる隣家の庭の木蓮の堅い蕾は稍色づきかけても、彼等の落着く家とては容易に見つかりさうもなかつた。 圭一郎が遠い西の端のY縣の田舍に妻と未だほんにいたいけな

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崖下の池 ――近代説話――

豊島与志雄

さほど高くない崖の下に、池がありました。不規則な形の池で、広さは七十坪あまり、浅いところが多く、最も深いところでも人の胸ほどでした。 崖から少し湧き水があるので、自然に池の水が替わり、下手からちょろちょろ流れ出ていました。その生きた水は、表面をすくい取れば澄んでおり、深みを覗けば薄く濁っていました。 この池、昔は、子供たちの遊び場所でした。それから、ちょっと

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バブル崩壊 ロンドン危機シリーズ・4

ホワイトフレッド・M

いかにして証券取引所を恐慌に落とし、帝国の命運を二日間撹乱させたか 一九〇六年、平和な時代が順調に始まったようで、当然、特徴は活発な商業・経済活動になる。世界的投機の激しさといったら、どの時代もかなわず、南海泡沫事件の狂乱時代や、鉄道王のハドソンが活躍した時代すらも及ばない。 英国銀行に積みあがった数兆ポンドは利率二・五パーセント、惜しげもなく引き出され、新

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崩浪亭主人

林芙美子

崩浪亭主人 林芙美子 砂風の吹く、うそ寒い日である。ホームを驛員が水を撒いてゐる。硝子のない、待合室の外側の壁に凭れて、磯部隆吉はぼんやりと電車や汽車の出入りを眺めてゐた。 靴のさきが痛い。何だか冷たいものでも降つてきさうな空あひで、ホームの中央に吊りさがつてゐる電氣時計は、四時を一寸廻つて、四圍はもう昏さをたゞよはせて、如何にもあわたゞしい。若いうちは、中

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崩れる鬼影

海野十三

崩れる鬼影 海野十三 月光下の箱根山 それは大変月のいい夜のことでした。 七月の声は聞いても、此所は山深い箱根のことです。夜に入ると鎗の穂先のように冷い風が、どこからともなく流れてきます。 「兄さん。今夜のようだと、夏みたいな気がしないですネ」 「ウン」兄は真黒い山の上に昇った月から眼を離そうともせず返事をしました。 兄はなにか考えごとを始めているように見え

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島崎藤村

嵐 島崎藤村 子供らは古い時計のかかった茶の間に集まって、そこにある柱のそばへ各自の背丈を比べに行った。次郎の背の高くなったのにも驚く。家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、郷里のほうから年取りに上京して、その時だけ私たちと一緒になる太郎よりも、次郎のほうが背はずっと高くなった。 茶の間の柱のそば

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寺田寅彦

始めてこの浜へ来たのは春も山吹の花が垣根に散る夕であった。浜へ汽船が着いても宿引きの人は来ぬ。独り荷物をかついで魚臭い漁師町を通り抜け、教わった通り防波堤に沿うて二町ばかりの宿の裏門を、やっとくぐった時、朧の門脇に捨てた貝殻に、この山吹が乱れていた。翌朝見ると、山吹の垣の後ろは桑畑で、中に木蓮が二、三株美しく咲いていた。それも散って葉が茂って夏が来た。 宿は

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嵐の夜

小川未明

父さんは海へ、母さんは山へ、秋日和の麗わしい日に働きに出掛けて、後には今年八歳になる女の子が留守居をしていました。 もとより貧しい家で、山の麓の小高い所に建っている一軒家で、三毛猫のまりと遊んで父さんや、母さんの帰るのを楽しみに遊んでいました。見渡す限り畑や圃は黄金色に色づいて、家の裏表に植っている柿や、栗の樹の葉は黄色になって、ひらひらと秋風に揺れています

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きのふは嵐けふは晴天

小熊秀雄

舞台 周囲が岩石ばかりの大谿谷の底を想像させる所、極度に晴れ渡つた早春の朝、遠くから太鼓のにぶい音と、タンバリンの低い音が断続的に聞えてくる、舞台ボンヤリとして何か間のぬけた感。○いざり一、(空虚な舞台へ這ひ出てくる、舞台の中央でものうく、哀調を帯びて、間ののびた声で)右や左の旦那さま、(急速に)世界の果ての、(真に迫つて)果ての果ての、果てにいたるまでの旦

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巌流島

直木三十五

巌流島 直木三十五 一 「天真正伝神道流」の流祖、飯篠長威斎家直が当時東国第一の兵法者とされているのに対して、富田勢源が西に対立して双び称されて居たものである。中条流より出た父九郎右衛門の跡を継ぎ名を五郎左衛門、入道してのちに勢源、自ら富田流の一派を樹てて無双の名人とされて居た。越前の国宇阪の荘、一乗浄教村の住人である。 飯篠家直の門下からは、弘流の井鳥為信

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巌の花 宮本顕治の文芸評論について

宮本百合子

宮本顕治には、これまで四冊の文芸評論集がある。『レーニン主義文学闘争への道』(一九三三年)『文芸評論』(一九三七年)『敗北の文学』(一九四六年)『人民の文学』(一九四七年)。治安維持法と戦争との長い年月の間はじめの二冊の文芸評論集は発禁になっていた。著者が十二年間の獄中生活から解放されてから、『敗北の文学』『人民の文学』が出版された。著者が序文でいっているよ

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巌頭の感

藤村操

悠々たる哉天壌。遼々たる哉古今。五尺の小躯を以て此大をはからむとす。ホレーショの哲学竟に何等のオーソリチーを価するものぞ。万有の真相は唯一言にして悉す。曰く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲観は大なる楽観に一致するを。 ●図書カード

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原民喜

川 原民喜 彼の家は川端にはなかったが、彼の生れた街には川が流れてゐた。彼の記憶にも川が流れてゐた。 雪が東京の下宿屋の庭を埋めた日、床のなかで彼は遠くの川を想った。 春が来て彼は故郷へ帰って川上を歩いてみた。川にみとれながら、川にみとれた記憶にみとれながら。 ある日、東京から友達が来たので彼は何気なくその男に川上の風景を案内した。友達は一向興もなさげに彼に

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新美南吉

川 新美南吉 一 四人が川のふちまできたとき、いままでだまってついてくるようなふうだった薬屋の子の音次郎君が、ポケットから大きなかきをひとつとり出して、こういった。 「川の中にいちばん長くはいっていたものに、これやるよ」 それを聞いた三人は、べつだんおどろかなかった。だまりんぼの薬屋の音次郎君は、きみょうな少年で、ときどきくちをきると、そのときみなで話しあっ

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すみだ川

永井荷風

俳諧師松風庵蘿月は今戸で常磐津の師匠をしてゐる実の妹をば今年は盂蘭盆にもたづねずにしまつたので毎日その事のみ気にしてゐる。然し日盛りの暑さにはさすがに家を出かねて夕方になるのを待つ。夕方になると竹垣に朝顔のからんだ勝手口で行水をつかつた後其のまゝ真裸体で晩酌を傾けやつとの事膳を離れると、夏の黄昏も家々で焚く蚊遣の烟と共にいつか夜となり、盆栽を並べた窓の外の往

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すみだ川

永井荷風

俳諧師松風庵蘿月は今戸で常磐津の師匠をしている実の妹をば今年は盂蘭盆にもたずねずにしまったので毎日その事のみ気にしている。しかし日盛りの暑さにはさすがに家を出かねて夕方になるのを待つ。夕方になると竹垣に朝顔のからんだ勝手口で行水をつかった後そのまま真裸体で晩酌を傾けやっとの事膳を離れると、夏の黄昏も家々で焚く蚊遣の烟と共にいつか夜となり、盆栽を並べた窓の外の

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川へふなをにがす

小川未明

少年は、去年のいまごろ、川からすくいあみで、ふなの子を四、五ひきばかりとってきました。そして、庭においてあった、水盤の中に入れました。ほかにも水盤には、めだかや、金魚がはいっていました。 「けんかを、しないだろうかね。」と、少年は、心配しました。 「入れ物が、大きいから、だいじょうぶだろう。」と、友だちがいいました。 赤い金魚、黄色なめだか、うすずみ色をした

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