Vol. 2May 2026

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デカダン文学論

坂口安吾

デカダン文学論 坂口安吾 極意だの免許皆伝などといふのは茶とか活花とか忍術とか剣術の話かと思つてゐたら、関孝和の算術などでも斎戒沐浴して血判を捺し自分の子供と二人の弟子以外には伝へないなどとやつてゐる。尤も西洋でも昔は最高の数理を秘伝視して門外不出の例はあるさうだが、日本は特別で、なんでも極意書ときて次に斎戒沐浴、曰く言ひ難しとくる。私はタバコが配給になつて

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『文学論』序

夏目漱石

余はこの書を公けにするにあたつて、この書が如何なる動機のもとに萌芽し、如何なる機縁のもとに講義となり、今また如何なる事故のために出版せらるるかを述ぶるの必要あるを信ず。 余が英国に留学を命ぜられたるは明治三十三年にて余が第五高等学校教授たるの時なり。当時余は特に洋行の希望を抱かず、かつ他に余よりも適当なる人あるべきを信じたれば、一応その旨を時の校長及び教頭に

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文学に関係のない文学者

中原中也

陽気な文学をといふ声がするが、では陽気とはいつたいどんなことなのだらう。誰しも陰気よりは陽気の方が凡そ好きなのに相違はないのに、「陽気な文学を」といふのが一つの文学上の提案となるためには少しくましな何事かであらねばならぬ。 ところでさういふ声をよく聴き分けてみると、何事でもない場合が大部分である。 今仮りに某が、興味を以て是々の文学書を読んだり、是々の作品を

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インチキ文学ボクメツ雑談

坂口安吾

本日(一九四六年七月七日・日曜)朝食の折から一通の速達が舞いこんできた。差出人は白鴎社・雑談会・立野智子女史とあり、曰く、インチキ文学撲滅論(枚数十五枚)を書くべし云々とある。直ちに(と申しては失礼だが)御辞退の御返事を差上げようと思ったのだが、さて、どういうわけだか、突然笑いがこみあげて、これが却々とまらない。ようやく笑いをボクメツして食事にとりかかると、

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文庫版「芸術の円光」覚書

北原白秋

「芸術の円光」は昭和二年三月、アルスより刊行された。詩論集として、わたくしの「詩と音楽」時代を代表するものである。 初版は四六判本文五百三十頁、その装幀は自身の考案になつて、漆黒の、独逸製カンヴアス・クロースに、フアブル昆虫記の中から選んだ蜜蜂図を金押ししたものである。たゞ題字の類のみはすべて恩地孝四郎画伯を煩した。 内容については、すでに初版の後記に述べた

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文庫版『雀の卵』覚書

北原白秋

初版『雀の卵』は大正十年八月にアルスより刊行された。四六版アンカト、五二五頁、部厚で重く、兎も角尨然たる大冊となつた。恩地孝四郎氏の装幀で、鼠色の薬嚢絨布で、表紙は無地、背の上部に白の鞁を当て、之に金文字を捺しただけであつた。大扉と小扉は同じく同氏の手に成るカツトで飾つた。挿画はわたくし自身で葛飾時代から描きためて置いた十七葉を以てした。 此の『雀の卵』の装

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文房具漫談

谷崎潤一郎

* 私は久しい以前から万年筆を使つたことがなく、日本紙と西洋紙と、二た通り原稿用紙を作つておいて、日本紙の時は毛筆、西洋紙の時は鉛筆を使ふやうにしてゐる。これは趣味と云ふこともあるのだが、私の場合は、寧ろ実際の上の必要が然らしめたのである。元来万年筆は墨を磨つたり含ませたりする手間がないだけ、毛筆よりはずつと速く書ける訳だが、不幸にして私には、此の万年筆の持

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文明国には必ず智識ある高等遊民あり

内田魯庵

遊民は如何なる国、何れの時代にもある。何所の国に行っても全国民が朝から晩まで稼いで居るものではない。けれども、国に遊民のあるは決して憂うるに足らぬことだ。即ち、これあるは其の国の余裕を示す所以で、勤勉な国民に富んで居るのは、見ように依ってはその国が貧乏だからである。遊民の多きを亡国の兆だなどゝ苦労するのは大きな間違いだ。文明の進んだ富める国には、必ず此の遊民

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文明教育論

福沢諭吉

文明教育論 福沢諭吉 今日の文明は智恵の文明にして、智恵あらざれば何事もなすべからず、智恵あれば何事をもなすべし。然るに世に智徳の二字を熟語となし、智恵といえば徳もまた、これに従うものの如く心得、今日、西洋の文明は智徳の両者より成立つものなれば、智恵を進むるには徳義もまた進めざるべからずとて、或る学者はしきりに道徳の教をしき、もって西洋の文明に至らんとする者

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文月のひと日

末吉安持

黒檀のみどり葉末に、 そよ風ながう滑りて、 自然の魂塊藍に 薫りとぶ真夏の昼。 金糸雀にうまゐ醒めて、 夢の世に追ひわびたる、 やわらぎの霊の華を いま紫陽花にみとめつ。 昨夜詩に寝ね足らぬ 瞳細ういと細う、 わが世永久にかゝらばと、 おもひ入る、あゝ夢心地。 この刹那のたましひを 黄金の龕にひめて、 ひと日だにいつき得なば、 あゝ我ぞ詩のやさ男神。 ●図書

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文楽の光明

折口信夫

今の時期の日本人に、一番見せたく思はれるのは、文楽座の舞台が、最濃厚に持つてゐる愁ひの芸術である。極度に反省力を失つた我々は、心の底から寂しい光りに照されて来なければ、ほんたうに種族としての救ひがないのである。文楽も、ある点からは近年少しうけに――と言つては気の毒なほどだが――入り過ぎた傾きが見えた。だが今度と言ふ今度はさう言ふものを洗ひ落した、静かな輝きを

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カットの文法

中井正一

カットの文法 中井正一 『詩経』は中国での万葉集ともいうべき、まことに可憐な詩句と自由な愛がうたわれている。しかし、この詩篇を注釈した中国の最古の最大の美学者は、「詩は志なり」「詩は刺なり」といい放っている。 「志」とは、文学と文化に関係をもつものたちが、政治に対して、消しても消しきれない断っても断ちきれない願いをもちつづけること、そしてそのために身の危険を

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文溯閣の四庫全書

内藤湖南

凡そ書籍の事に注意する人にして、乾隆の四庫全書の名を知らざる者は少からん。此の四庫全書編纂は、乾隆帝一代の大事業にして、其事の記録に見ゆるは、乾隆三十七年(西暦一七七二)正月四日の上諭に始まる。其主意は、乾隆帝は此の時既に二十一史、十三經等を校勘出版し、其他種々の大部の書を編纂したり、尤も書籍の纂集に就ては、康煕年間古今圖書集成なりて一萬餘卷の大部の書となり

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文盲自嘲

太宰治

先夜、音樂學校の古川といふ人が、お見えになり、その御持參の鞄から葛原しげる氏の原稿を取り出し、私に讀ませたのですが、生れつき小心な私は、讀みながら、ひどく手先が震へて困りました。かういふ事が、いつか必ず起るのではないかと、前から心配してゐたのでした。私は、「新風」といふ雜誌の七月創刊號に、「盲人濁笑」といふ三十枚ほどの短篇小説を發表しました。それは、葛原勾當

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분부쿠차가마

文福茶がま

楠山正雄

文福茶がま 楠山正雄 一 むかし、上野国館林に、茂林寺というお寺がありました。このお寺の和尚さんはたいそうお茶の湯がすきで、いろいろとかわったお茶道具を集めてまいにち、それをいじっては楽しみにしていました。 ある日和尚さんは用事があって町へ行った帰りに、一軒の道具屋で、気に入った形の茶がまを見つけました。和尚さんはさっそくそれを買って帰って、自分のお部屋に飾

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文章のカラダマ

坂口安吾

文章のカラダマ 坂口安吾 一月二日発表のハワイ襲撃の指揮官○○中佐の談話は、文章を職業にする者から見て、ひとり同胞のみならず全世界の鶴首を満足せしめるに充分の文章力が具はつてをり、敬服に堪へぬものがあつた。 あの文章は、そのまゝ如何なる国語に飜訳しても通用し、恐らく各国人の待望を満足せしめるに相違ない。余分の感傷といふものがなく、崇高偉大なる事実のみが語りつ

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文章の一形式

坂口安吾

私は文章を書いていて、断定的な言い方をするのが甚だ気がかりの場合が多い。心理の説明なぞの場合が殊に然うで、断定的に言いきってしまうと、忽ち真実を掴み損ねたような疑いに落ちこんでしまう。そこで私は、彼はこう考えた、と書くかわりに、こう考えたようであった、とか、こう考えたらしいと言う風に書くのである。つまり読者と協力して、共々言外のところに新らたな意味を感じ当て

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文章の一形式

坂口安吾

文章の一形式 坂口安吾 私は文章を書いてゐて、断定的な言ひ方をするのが甚だ気がかりの場合が多い。心理の説明なぞの場合が殊に然うで、断定的に言ひきつてしまふと、忽ち真実を掴み損ねたやうな疑ひに落ちこんでしまふ。そこで私は、彼はかう考へた、と書くかはりに、かう考へたやうであつた、とか、かう考へたらしいと言ふ風に書くのである。つまり読者と協力して、共々言外のところ

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文章その他

坂口安吾

私は元来、浅学と同時に物臭の性で、骨を折ってまで物事を理解しようなぞという男らしい精神は余り恵まれていない。そのせいで、観賞に時代の割引を余儀なくされ、その理解に一々なにがしの造詣を必要とする古典芸術なるものは、見ない先から逃げたがる風であった(ある)。順って、その方面の知識はない。 たまたま退屈の然らしめた悪戯で、文楽の人形芝居を見た。「合邦」の「合邦内の

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文章その他

坂口安吾

私は元来、浅学と同時に物臭の性で、骨を折つてまで物事を理解しようなぞといふ男らしい精神は余り恵まれてゐない。そのせいで、観賞に時代の割引を余儀なくされ、その理解に一々なにがしの造詣を必要とする古典芸術なるものは、見ない先から逃げたがる風であつた(ある)。順つて、その方面の知識はない。 たま/\退屈の然らしめた悪戯で、文楽の人形芝居を見た。「合邦」の「合邦内の

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文章を作る人々の根本用意

小川未明

一概に文章といっても、その目的を異にするところから、幾多の種類を数えることが出来る。実用のための文書、書簡、報道記事等も文章であれば、自己の満足を主とする紀行文、抒情叙景文、論文等も文章である。 こゝには主として後者即ち文学的味いを生命とする文章を目標とし、特にその作法の根本的用意を述べたいと思う。 われ/\が、何か思うところ、感ずるところを書きたいと望むこ

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文芸とヒロイツク

夏目漱石

文芸とヒロイツク 夏目漱石 自然主義といふ言葉とヒロイツクと云ふ文字は仙台平の袴と唐桟の前掛の様に懸け離れたものである。従つて自然主義を口にする人はヒロイツクを描かない。実際そんな形容のつく行為は二十世紀には無い筈だと頭から極めてかゝつてゐる。尤もである。 けれども実際世の中にない又は少ないと云ふ事実と、馬鹿げてゐる、滑稽であると云ふ事実とは違ふべき筈である

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文芸作品の映画化

南部修太郎

文藝作品の映畫化 南部修太郎 最近、偶然に文藝作品の映畫化されたものをつゞけて三つ見た。ワイルドの「ウヰンダアミア夫人の扇」、ウエデキントの「春の眼覺め」、ロチの「氷島の漁夫」がそれだ。その中で「ウヰンダアミア夫人の扇」は原作とどうかうと云ふことは別問題として、流石にルビツチの監督したものだけあつて、映畫としても可成り面白く見た。然し、「春の眼覺め」は原作に

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文芸の側衛的任務

岸田国士

文芸の側衛的任務 岸田國士 一 私の考へでは、政治には、広い意味の政治と狭い意味の政治とがあると思ひます。広い意味の政治とは、申すまでもなく、わが国では、これは大政であります。天皇親裁万民扶翼の国家活動であり、その目標とするところは、これを国是ととなへて、国民の一人一人が、大御心を体して国家の隆昌に寄与しなければならぬのであります。一方、狭い意味の政治とは、

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