Vol. 2May 2026

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町はずれの空き地

小川未明

空き地には、草がしげっていましたが、いまはもう黄色くなって、ちょうど柔らかな敷物のように地面に倒れていました。霜の降った朝は、かえって日が上ると暖かになるので、この付近に住む子供たちは、ここへ集まってきて、たこをあげるものもあれば、ボールを投げて遊ぶものもありました。 この空き地の中央に、一本の高い松の木がありました。独りぽっちで、いかにもその姿がさびしそう

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町の踊り場

徳田秋声

町の踊り場 徳田秋声 夏のことなので、何か涼しい着物を用意すればよかつたのだが、私は紋附が嫌ひなので、葬礼などには大抵洋服で出かけることにしてゐた。紋附は何か槍だの弓だの、それから封建時代の祖先を思はせる。それに、和服は何かべらべらしてゐて、体にしつくり来ないし、気持までがルウズになるうへに、ひどく手数のかゝる服装でもある。 それなら洋服が整つてゐるかといふ

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画学校時代

上村松園

画学校時代 上村松園 十三年の年に小学校を卒業し、翌年十四歳の春、京都府立画学校へ入学しました。 明治二十一年のことでありますから、女が絵の学校へはいるなんて、と言って叔父がさかんに母を責めました。しかし母は、 「つうさんの好きな道やもん」 と言って受けつけなかったのです。 当時、校舎は今の京都ホテルのところにありまして、その周囲はひろい空地で、いちめんに花

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画室の言葉

藤島武二

私は今年の文展出品作「耕到天」に、次のような解説をつけて置いた。 耕到天是勤勉哉 耕到空是貧哉 右はかつて前後日本を観たる二支那人の評言、いずれも真言なるは大に首肯するに足る、山水は美に、人は勤勉なるはわが神州の姿なり、然れども国土の貧弱なることもまた事実なり、よって鬱勃たる気魄、この時正当如何に処すべきか、現事変下示唆を受くるところ最も深刻なるものあり、因

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画室談義

上村松園

画室談義 上村松園 いつだったか、ある東京の婦人雑誌の記者が数人見えて、私のいろいろな生活を写真に撮られたり記事にして行かれたことがあった。 その折り、私の画室の内部も写真に撮りたいということを言われて非常に困りました。何分私の画室というのは、私以外誰ひとりとして、たとえ家族の者や孫たちでもみだりに出入りさせぬことになっている、まあ私個人の専有の仕事部屋であ

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画家とセリセリス

南部修太郎

畫家とセリセリス 南部修太郎 1 それが癖のいつものふとした出來心で、銀座の散歩の道すがら、畫家の夫はペルシア更紗の壁掛を買つて來た。が、家の門をはひらない前に、彼はからつぽになつた財布の中と妻の視線を思ひ浮べながら、その出來心を少し後悔しかけてゐた。始終支拂ひに足らず勝ちな月末までにもう十日とない或る秋の日の夕方だつた。 「あら、またこんな物を買つてらした

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画の悲み

国木田独歩

画の悲み 国木田独歩 画を好かぬ小供は先ず少ないとしてその中にも自分は小供の時、何よりも画が好きであった。(と岡本某が語りだした)。 好きこそ物の上手とやらで、自分も他の学課の中画では同級生の中自分に及ぶものがない。画と数学となら、憚りながら誰でも来いなんて、自分も大に得意がっていたのである。しかし得意ということは多少競争を意味する。自分の画の好きなことは全

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画期的な企て ――『デカルト選集』推薦の辞――

岸田国士

哲学者としてのデカルトについて私はなんら語る資格はない。しかし、広い意味のフランス古典としてのデカルトの著作は、今まさにわが国に正しく移し植ゑらるべき時機であると思ふ。デカルトがその時代に探り得たものは、われわれが新しい東洋の文化について考へるうへでの貴重な資料とみることができ、三百年前に、西洋の発展と混乱とを既に予言した彼の思想はこれこそ現代に生きる最も健

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ケーテ・コルヴィッツの画業

宮本百合子

ケーテ・コルヴィッツの画業 宮本百合子 ここに一枚のスケッチがある。のどもとのつまった貧しい服装をした中年の女がドアの前に佇み、永年の力仕事で節の大きく高くなった手で、そのドアをノックしている。貧しさの中でも慎しみぶかく小ざっぱりとかき上げられて、かたく巻きつけられている髪。うつむいている顔は、やっと決心して来た医者のドアの前で、自分の静かに重いノックにこた

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画業二十年

中谷宇吉郎

私は悪友のK画伯、但し画伯は自称、から一度だけ褒められたことがある。「あなたはどんなに忙しくても、絵を描こうというと、感心に断ったことはないね」というのである。 事実、世の中に、何が面白いといっても、良い座敷で、御馳走を喰べて、それから絵を描くくらい、面白いことはない。とくに、上等の酒が少しはいると、何だかむずむずして来る。世の中には、酒だけ飲んで、絵を描か

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画界漫言

菱田春草

現今洋画といはれてある油画も水彩画も又現に吾々が描いている日本画なるものも、共に将来に於ては――勿論近いことではあるまいが、兎に角日本人の頭で構想し、日本人の手で製作したものとして、凡て一様に日本画として見らるゝ時代が確に来ることゝ信じてゐる。で此時代に至らば、今日の洋画とか日本画とかいふ如く、絵そのものが差別的ではなくなって、皆一様に統一されて了ひ只其処に

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画筆に生きる五十年 ――皇太后陛下御下命画に二十一年間の精進をこめて上納――

上村松園

今夏は、私は誠にすがすがしい心持でおります。と申しますのは、この六月、皇太后陛下御下命の御用画の三幅双を完成いたしまして、折りから、京都行啓中の陛下に、目出度く上納申し上げ得たからでございます。 新聞紙上に二十一年前からの御用命を果たしたと書かれてありましたが、思えば大正五年の秋、文展第十回展開催中、御用命を拝したのでございましたから、なるほど二十一年の歳月

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画舫 ――近代伝説――

豊島与志雄

杭州西湖のなかほどに、一隻の画舫が浮んでいました。三月中旬のことで、湖岸の楊柳はもうそろそろ柔かな若葉をつづりかけていましたが、湖の水はまだ冷たく、舟遊びには早い季節でありました。通りかかりの漫遊客が、季節かまわず舟を出すことはよくありました。けれども、いま、この画舫は、そうした旅客のものではなく、名所を廻り歩くこともせず、長い間湖心にただよっていた後、東の

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画道と女性 ――喜久子姫御用の「春秋屏風」その他――

上村松園

高松宮家へ御輿入になる徳川喜久子姫の御調度の一にお加えになるのだからと申すので、旧臣の総代として京都大学の新村博士が私のところに見えられ、御屏風揮毫の御依頼がありました。それをお受けしたのは昨年の九月頃であったろうか。最初の気持では、今の皇太后陛下が皇后宮に居られた頃に御下命を承った雪月花三幅対の図がすでに小下図を差し上げて御内覧まで得ていながら伸び伸びとな

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畑のへり

宮沢賢治

畑のへり 宮沢賢治 麻が刈られましたので、畑のへりに一列に植ゑられてゐたたうもろこしは、大へん立派に目立ってきました。 小さな虻だのべっ甲いろのすきとほった羽虫だのみんなかはるがはる来て挨拶して行くのでした。 たうもろこしには、もう頂上にひらひらした穂が立ち、大きな縮れた葉のつけねには尖った青いさやができてゐました。 そして風にざわざわ鳴りました。 一疋の蛙

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畑の祭

北原白秋

真赤なお天道さんが上らつしやる。やつこらさと 鍬を下ろすと、ケンケンケンケン…… 鶺鴒めが鳴きくさる、 崖の上の麦畠、 天気は快し、草つ原に露がいつぱいだで、 そこいら中ギラギラしてたまんねえ。 九右衛門さん、麦は上作だんべえ、 蚕豆もはぢきれさうだ。 ええら、いい凪だな、沖ぢやまだ眠つてゐるだが、 俺ちの崖の下は真蒼だ、 ――そうれ、また、さらさら、ざぶん

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留守(一幕)

岸田国士

中流家庭の茶の間――奥の障子を隔てて台所――衣桁には、奥さんの不断着が、だらしなく掛かり、鏡台の上には、化粧品の瓶が、蓋を開けたまま乱雑に並んでゐる。 女中のお八重さんが、長火鉢にもたれて、講談本を読んでゐる。 台所で、「御免下さい」といふ女の声。 お八重さん  (起つて行き)あら、もう、後じまひすんだの、早かつたのねえ。御覧なさい、あたしはまだ、そのままよ

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畜犬談 ―伊馬鵜平君に与える―

太宰治

私は、犬については自信がある。いつの日か、かならず喰いつかれるであろうという自信である。私は、きっと噛まれるにちがいない。自信があるのである。よくぞ、きょうまで喰いつかれもせず無事に過してきたものだと不思議な気さえしているのである。諸君、犬は猛獣である。馬を斃し、たまさかには獅子と戦ってさえこれを征服するとかいうではないか。さもありなんと私はひとり淋しく首肯

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こん畜生

竹内浩三

こん畜生! おれは みぶるいした おれは菊一文字の短刀を買って ふたたび その女のところへきた さァ 死ね さァ 死ね お前のような不実な奴を生かしておくことは おれの神経がゆるさん 女は逃げようとした まて 死ねなけゃ おれが殺して―― ひとの真実をうらぎるやつは それよりも おれに大恥をかかしたやつは ココ殺してやる きった ついた 血が吹いた こん畜生

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畜生道

平出修

畜生道 平出修 十二月も中ばすぎた頃であつた。俺がやつと寒い寝台から出たと云ふのに、もう電話で裁判所から催促だ。法廷が開けますから、すぐいらつして下さいと云ふのだ。俺が行かない間は、共同弁護人はみんな手を空しくして待つて居る。俺をさしおいて審理に取りかかるやうな事は決して無い。俺を先輩だとして敬意を表してくれる好意はいつでも感謝して居るんだが、それで又いつで

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畦道

永井荷風

国府台から中山を過ぎて船橋の方へと松林に蔽はれた一脈の丘陵が延長してゐる。丘陵に沿うてはひろ/″\した平野が或は高く或は低く、ゆるやかに起伏して、単調な眺望にところ/″\画興を催すに足るべき変化を示してゐる。 市川に移り住んでから、わたくしは殆ど毎日のやうに処を定めずそのあたりの田舎道を歩み、人家に遠い松林の中または窪地の草むらに身を没して、青空と雲とを仰ぎ

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