Vol. 2May 2026

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14,981종 중 14,880종 표시

鴨猟

豊島与志雄

鴨猟 豊島与志雄 寒中、東京湾内には無数の鴨がいる。向う岸、姉ヶ崎から木更津辺の沖合には、幾千となく群をなしているし、手近なところでは、新浜御猟場沖合に、数十の群が散在しているし、其他、二三羽、四五羽の遊離群は、殆んど湾中を点綴してるといってもよい。 それらの鴨をねらって、発動機船を乗り廻すのである。以前は、鴨は艪の音をしか知らず、モーターの音には遠くから逃

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鴫つき

寺田寅彦

別役の姉上が来て西の上り端で話していたら要太郎が台所の方から自分を呼んで裏へ鴫を取りに行かぬかと云う。自分はまだ一度も行った事がないが病後の事であるからと思うて座敷で書見をしている父上に行ってもよう御座いましょかと聞くと行くはよいが傘をさして行けとの事であったから、帽をかぶってわるい方の蝙蝠傘を持って裏門へまで行くと、要太郎はもう網をこしらえて待っていた。「

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鴫突き

寺田寅彦

「鴫突き」のことは前に何かの機会に少しばかり書いたことがあったような気がするが、今はっきり思い出せないし、それに、事柄は同じでも雑誌『野鳥』の読者にはたぶんまた別な興味があるかもしれないと思うからそういう意味で簡単にこの珍しい狩猟法について書いてみることとする。 高知市附近で「鴫突き」というのは、蜻を捕えるのと同じ恰好の叉手形の網で、しかもそれよりきわめて大

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鵞湖仙人

国枝史郎

鵞湖仙人 国枝史郎 一 時は春、梅の盛り、所は信州諏訪湖畔。 そこに一軒の掛茶屋があった。 ヌッと這入って来た武士がある。野袴に深編笠、金銀こしらえの立派な大小、グイと鉄扇を握っている、足の配り、体のこなし、将しく武道では入神者。 「よい天気だな、茶を所望する」 トンと腰を置台へかけた。物やわらかい声の中に、凛として犯しがたい所がある。万事物腰鷹揚である。立

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鵞鳥

幸田露伴

ガラーリ 格子の開く音がした。茶の間に居た細君は、誰かしらんと思ったらしく、つと立上って物の隙からちょっと窺ったが、それがいつも今頃帰るはずの夫だったと解ると、すぐとそのままに出て、 「お帰りなさいまし。」 と、ぞんざいに挨拶して迎えた。ぞんざいというと非難するように聞えるが、そうではない、シネクネと身体にシナを付けて、語音に礼儀の潤いを持たせて、奥様らしく

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鵞鳥の家

牧野信一

冬のお休みになつたら今年もまた兄さん達といつしよに赤倉のスキーへ行くことを、あんなに楽しみにしてゐたのに、いざとなつたら母さんが何うしてもあたしだけを許して下さらないのだ。 「お前さんはもう学生ぢやないんだから、そんな遊びごとに耽つてはゐられないよ。」 「今年はもう海水浴もお止めと云つてゐたのに夏のうち叔父様のところへ行つてゐる間にすつかり真つ黒になつてしま

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鵠が音 02 島の消息

折口信夫

硫黄を発掘する人々の外に、古加乙涅を栽培する数家族が、棲んでゐた。其人々を内地に移した。さうしてそこに、後から/\送つた兵隊で、島は埋まれてしまつたと言ふあり様であつた。春洋と、春洋の所属する「膽二十七玉井隊」の一大隊が上陸したのは、昭和十九年の七月であつた。食糧なども、前からゐる隊のやうに、すら/\と渡らなかつたらしい。――これは後に聞いた話である。 みん

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鵠が音 03 追ひ書き

折口信夫

釋 迢空 『……今はひたすらに、皇軍の、勝ちさびとよむ日が待たれることです。たゞ頻りに心をうつのは、兵士等が健康のうへです。わづらふ者があると、責任と謂つたことをのり越えて、身にしみて来ます。夜、目がさめて、寝ながら真向ひの星空を見てゐると、何だか来たるべきものをひた待ちにして、ぢつと穴ごもりして居るものゝやうに、思はれてなりません。歩いても、人生に触れるも

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楠山正雄

鵺 楠山正雄 一 ある時天子さまがたいそう重い不思議な病におかかりになりました。なんでも夜中すぎになると、天子さまのおやすみになる紫宸殿のお屋根の上になんとも知れない気味の悪い声で鳴くものがあります。その声をお聞きになると、天子さまはおひきつけになって、もうそれからは一晩じゅうひどいお熱が出て、おやすみになることができなくなりました。そういうことが三日四日と

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こいのぼりと鶏

小川未明

泉水の中に、こいと金魚が、たのしそうに泳いでいました。しかし、黒いねこが、よくねらっていますので、ゆだんができませんでした。いつ、つかまえられて、食べられてしまうかしれないからです。 「私が、見張りをしてあげましょう。」と、毎日、泉水のほとりで遊んでいる鶏がいいました。鶏は、すばしこかったから、けっして、ねこにとらえられるようなことはありませんでした。 「ど

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鶏鳴と神楽と

折口信夫

鶏鳴と神楽と 折口信夫 には鳥は かけろと鳴きぬなり。起きよ。おきよ。我がひと夜妻。人もこそ見れ(催馬楽) 此歌などが、わが国の恋歌に出て来る鶏の扱ひ方の、岐れ目であるらしい気がする。平安朝以後の鶏に関聯したものは、どれもこれも「きつにはめなむ」(勢語)と憎んだ東女を、権輿に仰いで来た様である。其と言ふのが、刺戟のない宮廷生活に馴れた男女の官吏たちは、恋愛以

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鶴がゐた家

牧野信一

母がゐる町の近くに帰つたが母と同じ家に住む要もなく、何処にゐても自由であり、それなのに、何故自分は今までの都にとゞまらなかつたのか? でなければ、何故、常々憧れてゐる妻を伴つての長い旅路にたゝなかつたのか、それにも何の妨げもなかつたのに――? 何故、初めての眼新しい刺激のある何処かの地に住はうとはしなかつたのか、何か仄かな明るさを感じさせるのはそのことだけだ

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鶴屋団十郎

折口信夫

文楽の人形が来て、今年はとりわけ、大評判をとつた事は、私どもの肩身をひろげてくれた様な気がする。私どもより、もつと小さな時分から、もつと度々見た人で、今東京に住んでゐる方々も多い事であらう。さう言ふ向きに対しては、気のひけることだが、何だか書いて見たい気がおさへられない。さうしただんまりの満足者の代表人として、ほんの私らが言ふ事も、喜んで貰へさうに思ふ。私さ

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鶴の笛

林芙美子

鶴の笛 林芙美子 昔、ききんのつづいた年がありました。その村には鶴が大変たくさんいました。鶴たちは毎日、たべものを探して歩きましたけれど、どこにもたべものがないので、気の早い鶴はみんな旅仕度をして遠くへ飛んでゆきました。 すると、足の悪い鶴と、そのお嫁さんだけが、その村へのこることになりました。足の悪い鶴は、みんなのいなくなったさびしい沼地のふちの葦のしげっ

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鶴が音 ――鶴亀の芸能――

折口信夫

いかに、奏聞まをすべき事の候。毎年の嘉例の如く、鶴亀を舞はせられ、その後、月宮殿にて舞楽を奏せられうずるにて候。……謡曲鶴亀 所謂五風、十雨が、度に過ぎて、侘しかつた旧年の夢についで、今年はほゝ笑ましい現実の暦を捲き返したいものである。そのための祝言にもなれば、この短文の作者なる初老の翁は望外の慶びとする。 鶴亀の能は、極めての短篇で、いはゞ祝賀の舞を催さう

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鶴と鴬

槙村浩

よく昔から梅に鶯、松に鶴と申します。これは或所のお話です。近頃は日本付近にあまり鶴が居ないので珍らしいものです。これは朝鮮と支那との境の山奥に珍らしくも猟人等の手をのがれて命をつないで居る一羽の鶴があります。一度は日本見物をしたいと云ふ考で早速用意にとりかゝり、花の都の東京さして東海道を真一文字に東の方へとんで行ったが、地図で見ると小指でつぶせるが狭いやうで

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鶺鴒の巣

尾崎士郎

鶺鴒が街道に沿った岩かげに巣をつくった。背のびをしなくても手の届くほどの高さであるが、今まで誰れも気がつかなかったらしい、ということをある夕方瀬川君が来て話した。瀬川君の宿と南里君の宿とは十町ほど離れているが、道は一本筋だから彼は南里君の宿へあそびにくるごとに鶺鴒の巣の前を通るわけだ。巣のある場所は瀬川君の宿に近いところで、そのちょっと手前に小さい石地蔵があ

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田中貢太郎

鷲 田中貢太郎 土佐の海岸にあった私の村には、もうその比洋行するような人もあって、自由主義の文化はあったが未だ日清戦役前の半農半漁の海村のことであるから、村の人の多くの心を支配したものは原始的な迷信であった。 聖神と云う無名の高僧を祭ったと云う社の森には、笑い婆と云う妖婆がいて人を見ると笑いかけたが、笑いかけられた者はその妖婆の笑えなくなるまで笑わないと病気

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岡本綺堂

今もむかしも川崎の大師は二十一日が縁日で、殊に正五九の三月は参詣人が多い。江戸から少しく路程は離れているが、足弱は高輪あたりから駕籠に乗ってゆく。達者な者は早朝から江戸を出て草履か草鞋ばきで日帰りの短い旅をする。それやこれやで、汽車や電車の便利のない時代にも、大師詣での七、八分は江戸の信心者であった。 これもその信心者の一人であろう。四十を一つ二つも越えたら

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鷲の巣

ビョルンソンビョルンステェルネ

ビョルンステェルネ・ビョルンソン Bjrnstjerne Bjrnson (1832-1910)。イプセンと並び稱せられるノールウェイの文豪。牧師の子と生れ、詩に、劇に、ジャーナリズムに又演説に、その一生は實にあらゆる方面に於ける活動の連續であつた。けれども、彼は一面ラヂカリストなると共に、他面、守舊的であつた。文學に於て又思想に於て、彼は牧歌的、道義的で、

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「鷹」

坂口安吾

石川淳さんのように正しく古典を解するとともに正しく近代に身を置く人は稀にしかない。彼の文学の浪曼性は虚妄の秩序をしりぞけること、いきおい悪の華を開花せしめる如くに展開するが、その思考の基は古代から現代に至るまで一貫して揺ぎのない正論の選択と発見の上に成り立っている。一朝一夕に思いついたところは微塵といえどもないのである。彼の文学は怱卒な現代に於て味読に価する

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鷹の井戸

片山広子

今は世にないアイルランドの詩人イエーツが書いた舞踊劇の一つに「鷹の井戸」といふのがある。その鷹の井戸がこの世にあるとしたら、どの辺にあるのだらうか? 詩人の言葉を借りてみよう。 「はしばみの枝々うごき 日は西にしづむ 風よ 潮かぜよ 海かぜよ いまは眠るべき時なるを なにを求めてさまよひ歩く」 その西に沈む夕日も見られて、潮風に吹きさらされた小さい島である。

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鷹狩りと操り芝居と

折口信夫

今度計画せられた此書物は、類変りの随筆集といふだけに、識り合ひの方がたが、どんな計画で、思ひもかけぬ事を書かうとして居られるかといふ事が、かうして居る今でもまざ/\と胸に泛んで来る。多分皆さんが、専門違ひの変つた通の話を、試みられるらしく思はれる。これが、本屋の番頭さんが見えての話である。だからといふ訣ではないが、私も少々変つた話を申し上げたい。鷹に関係した

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