久保田万太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
初七日の朝、わたくしは子供に訊いた。 『お前、おい、ママの顔をおもひ出すことが出来るか?』 『出来るよ。』 『どんな顔をおもひ出すことが出来る?』 『機嫌のいゝ顔だね。』 子供のさういつたやうに、わたくしにも、いまは亡きかの女の機嫌のいゝ顔しか感じられないのである。……といふことは、かの女の去つたいま、わたくしに、素直な、やさしい、もの分りのいいかの女しか残つてゐないのである。……しかも、この一二年、わたくしのそばから、さうしたかの女はいつとはなしそのすがたを消してゐたのである。……さうしたかの女を完全にわたくしは失つてゐたのである。…… 『だつて、ママ、体がわるくなつてからは、始終お前に小言ばかりいつてゐたぢやアないか?』 『…………』 『いつにも機嫌のいゝ顔なんかみせたことがなかつたぢやアないか?』 『…………』 『だのに、どうして?』 『だつてしやうがない。』 子供はこたへた。……急にわたくしの目からなみだが溢れた。 可哀想なかの女。……どうして、かの女は、その素直だつた、やさしかつた、もの分りのよかつたかの女を、自分から否定しなければいけなかつたのか? 体のわるくなつたことによ
久保田万太郎
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