久保田万太郎 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
此頃の発句を作る人ほど、文字に対して敏感を欠いてゐるものも少なからう。 文字に対する敏感―― こゝに一つの句があるとする。 その句の存在は、耳に聞く前に、まづそれが眼に訴へられるものである事を考へなければならない。 その眼にうつたへられる場合、その文字を選ばない事によつて、其の句の持つてゐるものを――感じをハッキリ伝へることの出来ないことが屡々ある。 趣向がよくつてもそれはいゝ句とはいへない。 調子がよくつてもそれはいゝ句とはいへない。 出来上つた一句の、それを纏めてゐる文字が、読む人の眼にどんな感じをあたへるか、果してその句の持つてゐるものをハッキリ伝へてゐるか、そこまで考へなければ本当ではない。 たとへば、此頃の人々がよく使ふ「陽」と云ふ文字である。 誰が使ひはじめたのかは知らない。云ふところの新らしい人たちのうちの誰かゞ、今迄使はれて来た「日」と云ふ文字では、はつきり心もちを現はせないと考へたとき、余儀なくそれは使はれたものであらう。 だが、一度それが人々の眼にふれると、いかにも新らしい発見でゞもあるやうに、我も/\と猫も杓子も「陽」と云ふ字を使ふ。内容にふさはうが、ふさふまいが
久保田万太郎
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