島木健作 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
一過程 島木健作 夕やけが丘の上の空を彩りはじめた。暮れるにはまだ少し間のある時刻である。部屋のなかはだがもううす暗く深い靜けさにひそまりかへつてゐる。十人にちかい男たちがこの二階にありとは思へぬ靜けさである。風が出て來たらしい。寢靜まつた夜などはその遠吠えの音がきこえもする海の上を渡り、さへぎるもののない平地を走つてこの高臺の一軒屋にぢかに吹きつける二月の寒風である。はげしく吹きつけ、細目にあけた窓の隙間からはいる餘勢に壁に下げた何枚かのポスターがかさかさと鳴つた。人々は寒さにふるへ、しかしなにか縹渺としたおもひを誘はれながら、屋鳴りをさせて遠く吹き拔ける風の行方にぢつと耳を傾ける。―― 誰も立上つて灯りをつけようとするものもない。壁によりかかり、言ひ合したやうに膝を立ててその上にうつぶしてゐるもの。長々と横たはり仰向けになつて眼を閉ぢてゐるもの。どれもこれもぢつと動かずにゐる彫像のやうな彼らの姿態は、そのまま過去一ヶ月の餘にわたる精根を傾けつくしてのはげしい生活を物語り顏である。口を開くもものういほどに疲れ切つてゐるのであらう、だがそれにもかゝはらずこの部屋の隅々にまでも行きわたつ
島木健作
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