島木健作 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
日本の自然のうち、とくに自分の好きな風景などといふものはない。私は各地の名勝を何ほども探つてはゐないので、出題にたいして何かいふ資格すら持たぬものであるが、たとへ今後さういふ機会が多くあつたとしてもとくにとりたてて好きといへる自然の風光をあげうるかどうか疑問である。私の今までのわづかばかりの経験から推してさういへる。世間に著名な、海や山や河や、ただそれだけでは私はなにほどの感興も誘はれないのがつねである。自然の美しさにたいして生来鈍感なのであらう、大きな自然の景観に接して天地の悠久をおもふといふやうな情も格別切実なものとして迫つては来ぬ。ただ私の懐古趣味だけは人並なものがあるやうである。それの一つの理由は私の育つた土地のせゐであらう。私は北海道の札幌市に生れ、育つた。半殖民地として生れた札幌の町には長い歴史がない。封建的なものから自由な一面はあるが、同時に遠い父祖の生活を思はせるしつとりとした雰囲気といふやうなものは町のどこにもないのである。さういふところで育つた私は、のちに郷土を出てからは、城址とか、昔の面影の残つてゐる城下町とか、史蹟とか、古寺とか、さういふものには非常に強く心をひ
島木健作
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