素木しづ · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
この夜も、明けるのだと思った。 お葉は目を明けたまゝ、底深い海底でもきはめるやうに、灰色の天井を身ゆるぎもせず、見つめたまゝ、 『お母さん!』低く呼んだ。 淡黄色い、八燭の電気の光りのなかに、母親は重苦しくひそやかに動いて、ベッドのそばに手をかけた。 『苦しいのかい。水が呑みたい?』 お葉は、なほ天井を見つめたまゝ、何といってよいか、只悲しかった。 お母さんは、なんでも知ってゝ呉れる。私に解らない心をも、お母さんは知ってて呉れる。わたしは、只お母さんの声が聞きたかったのだ。動くのが見たかったのだ。 お葉は、なほ黙って居る。 『お前、足が痛むのかい。』 『いゝえ。』彼女は、はっきりと答へた。 『お母さん、今日も夜があけるのでせうね。』 『あゝ、もうぢき明けるだらうから、なるべく気を安めて眠った方がいゝよ。』 彼女は、その言葉を聞きながら、気力なさゝうに目蓋を閉ぢた。もう、何も考へる事は出来ない。この夜も明けるんだと思へば、彼女の心に思ふ事も、見ることもいらない。 母親は、娘の目蓋の静かに閉ぢるのを見た。そして疲れて眠りに捕はれたのだらうと、そっと身を引いて、布団の上に坐った。 そして、枕
素木しづ
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