野村胡堂
野村胡堂 · 日本語
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野村胡堂 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「旦那よ――たしかに旦那よ」 「――」 盲鬼になつた年増藝妓のお勢は、板倉屋伴三郎の袖を掴んで、斯う言ふのでした。 「唯旦那ぢや解らないよ姐さん、お名前を判然申上げな」 幇間の左孝は、はだけた胸に扇の風を容れ乍ら、助け舟を出します。 「旦那と言つたら旦那だよ、この土地で唯旦那と言や、板倉屋の旦那に決つてるぢやないか。幇間は左孝で藝妓はお勢さ、ホ、ホ、ホ――いゝ匂ひの掛け香で、旦那ばかりは三間先からでも解るよ。お前さんが側へ來てバタバタやつちや、腋臭の匂ひで旦那が紛れるぢやないか、間拔けだねエ――」 「何て憎い口だ」 左孝は振り上げて大見得を切つた扇で、自分の額をピシヤリと叩きました。此時大姐御のお勢が、片手に犇と伴三郎の袖を掴み乍ら、大急ぎで眼隱しの手拭をかなぐり捨てたのです。 伴三郎の思ひ者で、土地の賣れつ妓お勢に對しては、左孝の老巧さでも、二目も三目も置かなければなりません。 「それ御覽、旦那ぢやないか」 お勢は少しクラクラする眼をこすりました。二十二三でせうが、存分にお侠で此上もなく色つぽくて、素顏に近いほどの薄化粧が、やけな眼隱しに崩れたのも、言ふに言はれぬ魅力です。 「盲鬼は
野村胡堂
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