野村胡堂
野村胡堂 · 日本語
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野村胡堂 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「親分、何をして居なさるんで?」 ガラツ八の八五郎は、庭口からヌツと長い顎を出しました。 「もう蟻が出て來たぜ八、早いものだな」 江戸開府以來と言はれた名御用聞、錢形平次ともあらう者が、早春の庭に踞んで、この勤勉な昆蟲の活動を眺めて居たのです。 生温かい陽は、平次の髷節から肩を流れて、盛りを過ぎた梅と福壽草の鉢に淀んで居ります。 「大層暇なんだね、親分」 「結構な御時世さ。御用聞が晝近く起出して、蟻や蚯蚓と話をして居るんだもの」 「へツ、へツ、その暇なところで一つ逢つて貰ひ度い人があるんだが――」 「お客は何處に居なさるんだ」 「あつしの家へ飛込んだのを、つれて來ましたよ。少しばかりの知合を辿つて、入谷から飛んで來たんだ相で――」 「何んだつて庭先なんかへ廻るんだ。お客樣が一緒なら、大玄關へ通りや宜いのに」 「へツ、その大玄關は張物板で塞がつて居ますよ――木戸から庭を覗いて下さい、親分が煙草の煙で曲藝をしてゐる筈だから――と、奧方樣が仰しやる」 「馬鹿だなア」 平次の顏は笑つて居ります。自分が馬鹿なのか、女房のお靜が馬鹿なのか、それともガラツ八が馬鹿なのか、自分でも主格がはつきりしない
野村胡堂
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