野村胡堂
野村胡堂 · 日本語
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野村胡堂 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
「八、あれに氣が付いたか」 兩國橋の夕景、東から渡りかけて平次はピタリと足を停めました。 陽が落ちると春の夕風が身に沁みて、四方の景色も何んとなく寒々となりますが、橋の上の往來は次第に繁くなつて、平次と八五郎が、欄干に凭れて水肌を見入つてゐるのを、うさんな眼で見る人が多くなりました。 「雪駄直しでせう。先刻から三足目の註文ですが、良い働きですね」 「お前も一つやつて見る氣になつたか」 「有難いことに、これでも檀那寺に人別はありますよ」 「雪駄直しぢや不足だといふのか、罰の當つた野郎だ。見て居ると、雪駄直しの合間々々に、往來の人から手紙を受取つたり、懷から手紙を出したりしてゐるだらう、雪駄直しの片手間に、使ひ屋にも頼めねえ文を預かつて居るんだね、細くねえ商法ぢやないか」 兩國の橋の袂の雪駄直しが、お店者や水茶屋の姐さん連の文の受け渡しをして、飛んだ甘い汁を吸つてゐようとは、錢形平次も思ひ及ばなかつたのです。 雪駄直しといふのは、編笠を冠つた爺々むさい男が多いのですが、これは若くて小意氣で、何かの彈みに顏を擧げるのを見ると、編笠の下の顏は二十七八、苦み走つた良い男でさへあります。 「聲をか
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