すももの花の国から
小川未明
人々のあまり知らないところであります。そこには、ほとんど、かずかぎりのないほどの、すももの木がうわっていました。そして、春になると、それらのすももの木には、みんな白い花が、雪のふったように咲いたのであります。 その木の下をとおると、いい匂いがして、空の色が見えないまでに、白い花のトンネルとなってしまいました。それは、あまりに白くて、清らかなので、肌が、ひやひ
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小川未明
人々のあまり知らないところであります。そこには、ほとんど、かずかぎりのないほどの、すももの木がうわっていました。そして、春になると、それらのすももの木には、みんな白い花が、雪のふったように咲いたのであります。 その木の下をとおると、いい匂いがして、空の色が見えないまでに、白い花のトンネルとなってしまいました。それは、あまりに白くて、清らかなので、肌が、ひやひ
小川未明
小さなすみれは、山の蔭につつましやかに咲いていました。そして、いい香りを放っていました。 すみれは、そこでも、安心をしていることは、できなかったのです。なぜなら、そのすみれをたずねてくるものは、ひとり、美しいちょうや、かわいらしいみつばちばかりではなかったからです。 「ここにも、すみれが咲いていた。とって香りをかいでごらんなさい。いい香りがするから。」と、山
小川未明
ある村に人のよいおばあさんがありました。あるとき、お宮の境内を通りかかって、たいへん、そのお宮がさびしく、荒れてしまったのに心づきました。 むかし、まだおばあさんが、若い娘の時分には、そんなことはなかったのであります。盆には、この境内で、みんなと唄をうたって踊ったこともありました。その時分には、みんなが、よくお詣りにきたものです。 「世の中も末になったとみえ
小川未明
あるところに、母と少年とがさびしく暮らしていました。 あわれな母は、貧しかったから、その身になんの飾りというものをつけていなかったけれど、頭の髪に、青い珠のついているかんざしをさしていました。少年は、そのお母さんのかんざしを見ることが大好きでした。なぜなら、自分の顔が、小さく、どんよりと深い水のように、うるんだ珠の上にうつったばかりでなく、ときに、おばあさん
小川未明
山間の寂しい村には、秋が早くきました。一時、木々の葉が紅葉して、さながら火の燃えついたように美しかったのもつかの間であって、身をきるようなあらしのたびに、山はやせ、やがて、その後にやってくる、長い沈黙の冬に移らんとしていたのです。そこにあった、みすぼらしい小学校へは、遠く隣村から通ってくる年老った先生がありました。日の長い夏のころは、さほどでもなかったが、じ
小川未明
年郎くんは、自分の造った西洋だこを持って、原っぱへ上げにいきました。 原っぱには、木がなかったから、日がよく当たって、そのうえ、邪魔になるものもないので、すこしの風でもたこはよく上がりました。 きよ子さんに、たこを持っていてもらって、年郎くんは、 「いいよ。」と、あちらから合図をして、放してもらうのです。風があると、たこはおもしろいように、ぐんぐんと空へ上が
小川未明
金魚鉢にいれてあるすいれんが、かわいらしい黄色な花を開きました。どこから飛んできたか小さなはちがみつを吸っています。勇ちゃんは日当たりに出て、花と水の上に映った雲影をじっとながめながら、 「木田くんは、どうしたろうな。」と、思いました。 二人は、同じ組でいっしょにデッドボールをやれば、まりほうりをして遊んだものです。木田は、小さくなったズボンをはいていたもの
小川未明
夏休みの間のことでありました。 がき大将の真坊は、先にたって、寺のひさしに巣をかけたすずめばちを退治にゆきました。 「いいかい、一、二、三で、みんないっしょに石を投げるのだよ、うまく命中したものが偉いのだから。」と、いいました。みんなは、目をまるくして真坊のいうことを聞いていました。 「はちが追いかけてくると、こわいな。」と、臆病な常ちゃんが、いいました。
小川未明
高い山の、鳥しかゆかないような嶮しいがけに、一本のしんぱくがはえていました。その木は、そこで幾十年となく月日を過ごしたのであります。 人間のまれにしかゆかない山とはいいながら、その長い間には、幾多の変化がありました。人の足の踏み入るところ、また手のとどくところ木は切られたり、また持ち去られたりしたのであります。そして、それは人間ばかりとかぎっていなかった。
小川未明
真吉は、よくお母さんのいいつけを守りました。お母さんは、かわいい真吉を、はやくりっぱな人間にしたいと思っていました。そして、平常、真吉に向かって、 「人は、なによりも正直でなければなりません。また、よわいものを、いじめてはいけません。正しいと思ったら、相手がいかに強くても、恐れずに、信じたことをいわなければなりません。昔の偉い人は、みんなそうした人たちであり
小川未明
月の中で兎が餅を搗いているというお伽噺も、それが以前であったら、何等不自然な感じを抱かせずに子供達の頭にはいったであろうが、いまの小学校へ行っている者に、月を指して、あの中に兎が棲んでいるといったら、たといそれがお話であろうと、かく空想することに却て骨が折れるかもしれない。それは、彼等にとってあまり不自然な事柄にきこえるからです。 それであるからといって、こ
小川未明
陽の光りが、庭先の鉢のところまでとゞくようになりました。なみ/\といれた水の面へ、かあいらしい金めだかが、四つ頭をならべて、せわしそうに鰭をうごかしながら、光りを吸おうとしています。もっと大きいのも沢山いたが、冬を越す間にこれだけとなりました。 いま、芽ぐんでいる睡蓮が、やがて鉢いっぱいに葉をのばして、黄色な花を咲くころ、その間を泳ぎまわり、卵をつけることだ
小川未明
目の醒めるような新緑が窓の外に迫って、そよ/\と風にふるえています。私は、それにじっと見入って考えました。なんという美しい色だ。大地から、ぬっと生えた木が、こうした緑色の若芽をふく、このことばかりは太古からの変りのない現象であって、人がそれに見入って、生の喜びを感ずる心持も、また幾百千年経っても、変りがないと思われました。 なんにも其処には理屈がないのです。
小川未明
光線の明るく射す室と、木影などが障子窓に落ちて暗い日蔭の室とがある。 其等の、さま/″\の室の中には生活を異にし、気持を異にした、いろ/\な、相互いに顔も知り合わないような人が住んでいる。 賑かな町に住んでいる人は、心を浮き立てるような笛や、ラッパの音や、楽隊の音色や、または、夕暮方の電車の音などに耳を傾けて、あてない空想に耽ったり、また、華かな瓦斯の燈火の
小川未明
私にとっては文芸というものに二つの区別があると思う。即ち悶える文芸と、楽しむ文芸とがそれである。 吾々の此の日常生活というものに対して些の疑をも挾まず、有ゆる感覚、有ゆる思想を働かして自我の充実を求めて行く生活、そして何を見、何に触れるにしても直ちに其の物から出来るだけの経験と感覚とを得て生活の充実をはかる、此れが即ち人間のなすべき事であり、又人生であると解
小川未明
常に其の心は、南と北に憧がれる。 陰惨なペトログラードや、モスクワオの生活をするものは、南露西亜の自然と生活をどんなに慕うだろう。また、囚人の行くシベリヤをどんなに眼に描くだろう。彼等は憧がれなしには生きられない人々である。 小露地方や、北コーカサスの自然は、詩趣に富んで、自由な気が彼等の村落生活に行きわたっていることは、トルストイ、ゴリキイ、其他の作家の作
小川未明
村は静かでありました。 広々とした、托児所の庭にだけ、わらい声がおこったり、子供たちのあそびたわむれるさけび声がして、なんとなく、にぎやかでありました。 よく晴れた、青い青い大空には、ぽかりと、一つ白い雲が、浮かんでいました。雲も、下のこのようすをながめて、うらやましがっているようでした。 若い保母さんも、元気でした。子供といっしょになって、かけたり、おどっ
小川未明
林の中に、一本、とりわけ高いすぎの木がありました。秋が近づくと、いろいろの渡り鳥が飛んできて、その木のいただきへとまりました。群れをなしてくるものもあれば、なかには、つれもなく、一羽だけのものもありました。 村の子供たちは、そのさえずる声を聞いて、自由に、大空を飛んでいける鳥の身の上をうらやんだのであります。 「あの木に、もちぼうをつけておけば、鳥がとれるね
小川未明
S少年は、町へ出ると、時計屋の前に立つのが好きでした。そして、キチキチと、小さな針が、正しく休みなく、時をきざんでいるのを見て、――この時計は、どこの工場で、どんな人たちの手で造られたのだろう――と、空想するのでした。 すると、明るい、清潔な、設備のよくいきとどいた、近代ふうの工場が、目の前に浮かび上がります。彼は、いつか自分も、こんな工場へ通って働き、熟練
小川未明
龍夫と源吉の二人は、仲のいい友だちでした、二人は、台風が大好きなのでした。 「源ちゃん、また台風がくるって、ラジオでいったよ。いつくるかなあ、きょうの晩くるかもしれない。いまごろ二十キロの速さで、海の上を吹いているんだね、すごいだろうな。」 彼は、雨と風の荒れ狂う渺茫たる海原を想像して感歎の声を放ちました。龍夫の父親は、南洋の会社に勤めていて、その地で病死し
小川未明
道であった、顔見知りの人は、みすぼらしい正吉の母にむかって、 「よく、女手ひとつで、むすこさんを、これまでになさった。」と、いって、うしろについてくる正吉を見ながら、正吉の母をほめるのでした。 しかし、心から感心するように見せても、じつは母子のしがない暮らしを、あわれむというふうが見えるので、正吉は子供ながら、それを感じていましたが、母は、そういって、なぐさ
小川未明
目の落ちくぼんだ、鼻の高い、小西一等兵と、四角の顔をした、ひげの伸びている岡田上等兵は、草に身を埋ずめ腹ばいになって話をしていました。 見わたすかぎり、草と灌木の生え茂った平原であります。真っ青な空は、奥底の知れぬ深さを有していたし、遙かの地平線には、砲煙とも見まがうような白い雲がのぞいていました。もう秋も更けているのに、この日の雲は、さながら、夏のある日の
小川未明
まだ、ひる前で、あまり人通りのない時分でした。道の片がわに一軒の染め物店がありました。表へ面した、ガラスのはまった飾り窓には、若い女の人がきるような、はでな反物がかかっていました。それだけでも、通る人々の足をとめて、目をひくに十分といえますが、もう一つ、この窓の内へ、セルロイド製の、大きなはだかのキューピーがかざられて、いっそうの注意をひきました。キューピー
小川未明
風が吹くと、木の葉が、せわしそうに動きました。空の色は青々として、秋がしだいに深くなりつつあるのが感じられます。朝、まだうす暗いうちから、庭さきの木立へ、いろいろの小鳥が飛んできてさえずりました。ちょうど、休日だったので、ご飯がすむと、清くんは、縁側へ出て、新聞を見ていらっしゃるお父さんのそばへいって、自分もゆっくりした気持ちで庭をながめていました。 すずめ