Vol. 2May 2026

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好色破邪顕正

小酒井不木

戸針康雄は、訪問者が丑村という刑事であることを知るなり、ぎくりとして、思わずも手にして居た新聞紙を取り落した。不吉な予感が、彼の手を麻痺せしめたからである。 刑事は、す早く身を屈めて、康雄の落した新聞紙を拾い上げ、 「おお、やっぱり、ゆうべの殺人事件の記事を御読みでしたか。実は、私が御たずねしたのも、この事件に就てで御座います」 康雄は更にはッとして顔色を変

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好きな髷のことなど

上村松園

好きな髷のことなど 上村松園 茶の袴 私が画学校に行っていた時、学校の古顔に前田玉英さんがいました。その頃二十二、三ぐらいの年頃だったと思うが、画学校では女の生徒に茶の袴を穿かせることになっていたので、私らも茶の袴を穿き、袴を穿くのだからというので靴を買ってもらったことを覚えています。 束髪 その頃、というと明治二十一年頃、えらい何も彼も西洋が流行った頃で、

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如何に読書すべきか

三木清

如何に読書すべきか 三木清 一 先ず大切なことは読書の習慣を作るということである。他の場合と同じように、ここでも習慣が必要である。ひとは、単に義務からのみ、或いは単に興味からのみ、読書し得るものではない、習慣が実に多くのことを為すのである。そして他のことについてと同じように、読書の習慣も早くから養わねばならぬ。学生の時代に読書の習慣を作らなかった者は恐らく生

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如是

末吉安持

凶会日は凶会日と見て 病めるもの衰へしもの、 床の上にすなほに僵れ、 瓶の身は砕けてちりて、 滅亡に入らむ。 床の上に破れぬ、花瓶、 されどそが『こゝろ』は如何に、 すなほにと云へど、やさしき、 砕けにはあらず、はげしく 叫ぶを聞きぬ。 人の子は瓶にもあらず、 運命は運命と観て、 秋のくれ、死ぬるといふ夜、 ほのかなる燭の火のかげに、 題目をこそ―― 蝋燭は

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如是我聞

太宰治

如是我聞 太宰治 一 他人を攻撃したって、つまらない。攻撃すべきは、あの者たちの神だ。敵の神をこそ撃つべきだ。でも、撃つには先ず、敵の神を発見しなければならぬ。ひとは、自分の真の神をよく隠す。 これは、仏人ヴァレリイの呟きらしいが、自分は、この十年間、腹が立っても、抑えに抑えていたことを、これから毎月、この雑誌(新潮)に、どんなに人からそのために、不愉快がら

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妄想患者

牧野信一

ふつと、軽い夢が消えると、窓先を白い花が散つてゐた。何かにギクリと悸された鼓動の余韻が、同じやうに静かに、心から散つて行くのを、私は感じた。 「桜の花だつたか。」、私はさう思つた。 ガジガジと、インク壺の中へペン先を突き込む音がする、慌しく「ノート」の頁をめくる音がする。 「……即ち、ヘラクライトスは常住の実体を根底より否定し、世界の真相は生成を以てなさるべ

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妖女の舞踏する踏切

田中貢太郎

品川駅の近くに魔の踏切と云われている踏切がある。数年前、列車がその踏切にさしかかったところで、一方の闇から一人の青年がふらふらと線路の中へ入って来た。機関手は驚いて急停車してその青年を叱りつけた。 「前途のある青年が、何故そんなつまらんことをする」 すると、青年ははじめて夢から醒めたようになって、きょろきょろと四辺を見まわしながら云った。 「それが不思議です

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シャロットの妖姫

テニソンアルフレッド

其の一 河の両辺に横はる 大麦及びライ麦の長やかなる畑地 此の畑 岡を覆ひ 又 空に接す さて 此の畑を貫いて 道は走る 多楼台のカメロット城へ さて 上にまた下に 人は行く うちながめつゝ 蓮咲くあたりを 島根に添うて かなた下手の シャロットの島といふ 垂柳はしろみ 白楊は顫ふ そよ風は黒みてそよぐ とこしなへに流れゆく河浪のうちに 河心の島根に添うて

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妖婆

岡本綺堂

妖婆 岡本綺堂 一 「番町の番町知らず」という諺さえある位であるから、番町の地理を説明するのはむずかしい。江戸時代と東京時代とは町の名称がよほど変っている。それが又、震災後の区劃整理によってさらに変更されるはずであるから、現代の読者に対して江戸時代の番町の説明をするなどは、いたずらに人をまご付かせるに過ぎないことになるかも知れない。 その理由で、わたしはここ

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妖婦

織田作之助

妖婦 織田作之助 神田の司町は震災前は新銀町といった。 新銀町は大工、屋根職、左官、畳職など職人が多く、掘割の荷揚場のほかにすぐ鼻の先に青物市場があり、同じ下町でも日本橋や浅草と一風違い、いかにも神田らしい土地であった。 喧嘩早く、物見高く、町中見栄を張りたがり、裏店の破れ障子の中にくすぶっても、三月の雛の節句には商売道具を質においても雛段を飾り、娘には年中

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妖影

田中貢太郎

私はこの四五年、欲しい欲しいと思っていた「子不語」を手に入れた。それは怪奇なことばかり蒐集した随筆であって、序文によるとその著者が、そうした書名をつけたところで、他に同名があったので、それで改めたものらしい。表紙には「新斎諧」としてある。それは私の家へ時折遊びに来る男が、知らしてくれたものであった。 「大学前の、あの和本屋にあるのですよ、新斎諧と云うのでしょ

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妖怪漫談

岡本綺堂

妖怪漫談 岡本綺堂 このごろ少しく調べることがあって、支那の怪談本――といっても、支那の小説あるいは筆記のたぐいは総てみな怪談本といっても好いのであるが――を猟ってみると、遠くは『今昔物語』、『宇治拾遺物語』の類から、更に下って江戸の著作にあらわれている我国の怪談というものは、大抵は支那から輸入されている。それは勿論、誰でも知っていることで、私自身も今はじめ

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妖怪記

田中貢太郎

妖怪記 田中貢太郎 お作の家には不思議なことばかりがあった。何かしら家の中で躍り狂っているようであったり、順序を立てて置いてある道具をひっかきまわしたり、蹴散らしたり投りだしたり、また、お作がやっている仕事を何者かが傍から邪魔をして、支えたり突きやったり、話していることを傍で耳を立てて聞いていたり、それを仲間同士で嘲ったり、指をさして笑ったり、それは少しも眼

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妖氛録

中島敦

口数の寡い、極く控え目勝ちな女であった。美人には違いないが、動きの少い、木偶の様な美しさは、時に阿呆に近く見えることがある。この女は、自分故に惹起される周囲の様々な出来事に、驚きの眼を瞠っているように見えた。それらが、自分の為に惹起されたのだということに、一向気付かぬようにも思われる。気付きながら少しも気付かぬように装っているのかも知れぬ。気付いたとしても、

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妖異むだ言

国枝史郎

幽霊の中で好いものは、牡丹燈籠のお米である。牡丹燈籠を下げて主人を案内して、恋の仲介をするあたりは、人情があって面白い。 不快な幽霊は小幡小平次で、気の毒な幽霊は小仏小平であろう。 滑稽な化物は唐傘の一本足で、愛嬌のあるのは一ツ目小僧が、大阪の子供に人気のあるのは、酒を買いに行く豆狸である。 路傍で見て凄いのは流灌頂。 妖怪画で面白いのは「百鬼夜行」で、特に

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妖蛸

田中貢太郎

明治二十二三年比のことであった。詩人啄木の碑で知られている函館の立待岬から、某夜二人の男女が投身した。男は山下忠助と云う海産問屋の公子で、女はもと函館の花柳界で知られていた水野米と云う常磐津の師匠であった。 男の死体はその翌日になって発見せられたが、女の死体はあがらなかった。あがらないのは女は死なないで逃げたがためであった。そして、何くわぬ顔をしていた米は、

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妣が国へ・常世へ

折口信夫

一 われ/\の祖たちが、まだ、青雲のふる郷を夢みて居た昔から、此話ははじまる。而も、とんぼう髷を頂に据ゑた祖父・曾祖父の代まで、萌えては朽ち、絶えてはえして、思へば、長い年月を、民族の心の波の畦りに連れて、起伏して来た感情ではある。開化の光りは、わたつみの胸を、一挙にあさましい干潟とした。併し見よ。そこりに揺るゝなごりには、既に業に、波の穂うつ明日の兆しを浮

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中野鈴子

妹は出かけて行った 一か月に一回の面会を 三か月のばして やっと出かけて行った タンスの底の しめっぽくなっているきものを引っぱり出し 右と左のびっこの足袋をはいて―― 妹はモチ米を一斗さげて行った 米を代えて汽車賃をつくるためだった 停車場 汽車の中 歩く道にもヤミ米テキハツの警官が立っている 妹は 一斗の米をふた包みにし、軽い風呂しき包みにみせかけ奥さん

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にいさんと妹

グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール

にいさんが妹の手をとって、いいました。 「おかあさんが死んじゃってから、ぼくたちには、いいことって、ただの一時間もないねえ。こんどのおかあさんたら、まい日まい日、ぼくたちをぶつし、そばへいけば、足でけとばすんだもの。それに、ぼくたちの食べものといえば、食べのこしの、かたいパンのこばだろう。テーブルの下にいる犬のほうが、ぼくたちよりゃずっとましだよ。おかあさん

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妹の死

中勘助

今から十八年前の秋、ひとりであの島ごもりをしてたときに私は九州へかたづいてる妹が重体だという思いがけない知らせをうけとった。私は涙をうかめたけれども島を出ようとはしなかった。そのときそんな気もちでいたのである。ところが妹の容態はその後いくらか見なおして床についたままではあったがつぎの年の夏までもちこたえた。左にかかげる小品はその夏妹が私にあいたがってるという

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斎藤茂吉

妻はやはり Sexus Sequior と見立てなければつまりは満足は出来まい。そういうことを考えずに済む亭主は、温良で小さく美しくて京人形のような妻を有っているものに相違ないとおもう。 女を甘やかす今の欧羅巴の※Dame“社会状態は、全亜細亜人からも、それから古代希臘、古代羅馬の人々からも嘲笑されるに極まっているといったショペンハウエルは、果してそういう京

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チェーホフアントン

私はこんな手紙を貰った。―― 『パーヴェル・アンドレーヴィチ様尊下。御住居に程遠からず、すなわちピョーストロヴォ村に、惨澹たる事実の発生を見つつありますにつき、御一報申し上げますことを私の義務と存ずる次第であります。同村の農民はこぞって農舎および全財産を売却し、トムスク県に移住したりしところ、目的地に到らずして戻って参りました。さて申すまでもなく同村にはもは

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ヴィヨンの妻

太宰治

あわただしく、玄関をあける音が聞えて、私はその音で、眼をさましましたが、それは泥酔の夫の、深夜の帰宅にきまっているのでございますから、そのまま黙って寝ていました。 夫は、隣の部屋に電気をつけ、はあっはあっ、とすさまじく荒い呼吸をしながら、机の引出しや本箱の引出しをあけて掻きまわし、何やら捜している様子でしたが、やがて、どたりと畳に腰をおろして坐ったような物音

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妻の名

織田作之助

妻の名 織田作之助 朝から粉雪が舞いはじめて、ひる過ぎからシトシトと牡丹雪だった。夕方礼吉は雪をふんで見合に出掛けた。雪の印象があまり強すぎたせいか、肝賢の相手の娘さんの印象がまるで漠然として掴めなかった。翌朝眼がさめると、もうその娘さんの顔が想い出せなかった。が想い出せない所を見ると、満更わるい印象を受けたわけではないのだろうと思い、礼吉は貰う肚を決めた。

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