無題
富永太郎
たゞひとり黎明の森を行く。 風は心虚しく幹のあはひを翔り、 木々はみなその白き葉裏を反す。 樹の間がくれに、足速に 白き馬を牽きゆくは誰ぞ。 道の辺の 歯朶の群をのゝけり。 かゝるとき、湿りたる岩根を踏めば あゝ、わが出生の記憶甦へる。 ●図書カード
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富永太郎
たゞひとり黎明の森を行く。 風は心虚しく幹のあはひを翔り、 木々はみなその白き葉裏を反す。 樹の間がくれに、足速に 白き馬を牽きゆくは誰ぞ。 道の辺の 歯朶の群をのゝけり。 かゝるとき、湿りたる岩根を踏めば あゝ、わが出生の記憶甦へる。 ●図書カード
富永太郎
幾日幾夜の 熱病の後なる 濠端のあさあけを讃ふ。 琥珀の雲 溶けて蒼空に流れ、 覚めやらで水を眺むる柳の一列あり。 もやひたるボートの 赤き三角旗は 密閉せる閨房の扉をあけはなち、 暁の冷気をよろこび甜むる男の舌なり。 朝なれば風は起ちて 雲母めく濠の面をわたり、 通学する十三歳の女学生の 白き靴下とスカートのあはひなる ひかがみの青き血管に接吻す。 朝なれ
夏目漱石
無題 夏目漱石 私はこの学校は初めてで――エー来るのは初めてだけれども、御依頼を受けたのは決して初めてではありません。二、三年前、田中さんから頼まれたのです。その頃頼みに来て下さった方はもう御卒業なさったでしょう。それ以来十数回の御依頼を受けましたが、みんな御断りしました。断るのが面白いからではなく、やむをえないからで、このやむをえない事が度重なって御気の毒
太宰治
大井広介というのは、実にわがままな人である。これを書きながら、腹が立って仕様が無い。十九字二十四行、つまり、きっちり四百五十六字の文章を一つ書いてみろというのである。思い上った思いつきだ。僕は大井広介とは、遊んだ事もあまり無いし、今日まで二人の間には、何の恩怨も無かった筈だが、どういうわけか、このような難題を吹きかける。実に、困るのだ。大井君、僕は野暮な男な
太宰治
大井廣介といふのは、實にわがままな人である。これを書きながら、腹が立つて仕樣が無い。十九字二十四行、つまり、きつちり四百五十六字の文章を一つ書いてみろといふのである。思ひ上つた思ひつきだ。僕は大井廣介とは、遊んだ事もあまり無いし、今日まで二人の間には、何の恩怨も無かつた筈だが、どういふわけか、このやうな難題を吹きかける。實に、困るのだ。大井君、僕は野暮な男な
富永太郎
ありがたい静かなこの夕べ、 何とて我が心は波うつ。 いざ今宵一夜は われととり出でたこの心の臓を 窓ぎはの白き皿に載せ、 心静かに眺めあかさう。 月も間もなく出るだらう。 ●図書カード
牧野信一
そのとき、たしか、永井龍男君と井伏鱒二君と堀辰雄君と小林秀雄君とに私は誘はれて、恰度うらうらとするこのごろのやうな長閑な日の夕暮時に銀座の方から、須田町の万惣にあつまつた。そこで私は、小野松二君にはぢめて会つた。小野君の名前は「1928」といふ雑誌で知つてゐた。小野君の編輯で、新しい雑誌が計画され、その題名についての相談だつた。私は丁度その月に、小田原からず
北条民雄
太陽はもう山の向うに落ちてしまつたが、まだあたりは明るかつた。 さつきから余念もなくざぶざぶと除草器を押してゐた仁作は、東手の畦につくと、ほつと一息ついて立停つた。さすがに、体はもうぐつたりと疲れ切つてゐた。彼は水田の中に立つたまま、腰から煙管を取り出して一服つけながら、ずつと遠くまで続いた青田を見渡してみた。どの田圃にもまだ女や男が除草器を押しながら行つた
北条民雄
この部屋には東と北とに窓がある。しかしそれはずつと天上に近い上の方にあるので、太陽の光線は朝の間にほんのちよつと流れ込んで来るだけで、あとは一日中陰気な、物淋しい、薄暗い部屋だ。おまけにこの部屋は動物小屋の内部にあつて、すぐ壁一つ向うの土間続きには、猿や、モルモットや、家兎や、山羊や、二十日鼠などが、朝から晩まで箱の中で、泣いたり喚いたりごとごとと箱の板にぶ
富永太郎
おまへの歯は よく切れるさうな 山々の皮膚が あんなに赤く 夕陽で爛らされた鐃鉢を 焦々して 摺り合せてゐる おまへはもう 暗い部屋へ帰つておくれ おまへの顎が、薄明を食べてゐる橋の下で 友禅染を晒すのだとかいふ黝い水が 産卵を終へた蜉蝣の羽根を滲ませる おまへはもう 暗い部屋へ帰つておくれ 色褪せた造りものの おまへの四肢の花々で 貧血の柳らを飾つてやるこ
上村松園
無題抄 上村松園 私には、どうも絵以外のことですと、どうせ余技にすぎないからという気がして、打ち込んで熱中する気になれない性分があるようです。三味線にしても長唄にしても、最初は謡曲にしても、皆そういう風にずぼらに考えていました。 が、近頃では、如何に余技にしても、どうせやるからには、何かひとつくらい懸命にやってみようという気になって来ています。 上手な人のを
野村胡堂
「海野さんのものを全部読まして下さい」と言って来た、若い電気学生があった。それは私の知人の次男坊で、私の書いたものなどは、鼻であしらって、一向感服した顔もしてくれないお点の辛い青年であったが、海野君の作品にひどく傾倒して、私の持っている海野十三氏著の幾十冊を悉く読破して、まだもの欲しそうな顔をしているのであった。 その青年は今はもう立派な弱電気の学者になり、
田中貢太郎
昭和九年三月二十一日の函館の大火は、その日の午後六時から翌朝の七時まで燃えつづけて、焼失家屋二万四千戸、死傷者三千人を出したが、その時火に追われた市民は、猛火の中をくぐって安全な場所から場所へと逃げ廻った。しかし、風速三十メートルの烈風に煽られた猛火の中では、どうすることもできなかった。 山から海へ、避難民は続々としておしかけたが、そこでもまた猛火に包まれて
宮本百合子
カメラの焦点 宮本百合子 写真機についての思い出は、大層古いところからはじまる。 私が九つになった年の秋に、イギリスに五年いた父親がかえって来た。横浜へ迎えにゆくというので、その朝は暗いうちに起きて、ラムプの下へ鏡台を出して母は髪を結った。私は当時ハイカラであった白いぴらぴらのついた洋服を着せられて行ったが、船宿へついた時は雨であった。俥で波止場へ向ったが、
富永太郎
母親は煎薬を煎じに行つた 枯れた葦の葉が短かいので。 ひかりが掛布の皺を打つたとき 寝台はあまりに金の唸きであつた 寝台は いきれたつ犬の巣箱の罪をのり超え 大空の堅い眼の下に 幅びろの青葉をあつめ 棄てられた藁の熱を吸ひ たちのぼる巷の中に 青ぐろい額の上に むらがる蠅のうなりの中に 寝台はのど渇き 求めたのに求めたのに 枯れた葦の葉が短かいので 母親は煎
中谷宇吉郎
アメリカにはいろいろな學校があるが、パン燒き大學というのまである、という話を最近聞いて、流石にちょっと驚いた。 本當の名前は、アメリカン・インスティテュート・オブ・ベーカリーというので、シカゴに堂々たる校舍をもっている。このごろシカゴで相當大規模な製パン、製菓業をやっている人と知り合いになったが、その家の息子が、この學校へはいったので、はじめてそういう學校が
岸田国士
見物のやじり方には、古今東西を通じていろいろあるやうだが、昔、仏蘭西では、舞台の俳優めがけて、腐つた卵や、焼き林檎を投げつけるといふ野蛮な風習があつた。 この風習は、後にやや緩和されて、口笛(シツフレ)となり、それでも、このシツフレはなかなか盛んで、「大根ひつこめ」ぐらゐの愛嬌では納まらない場合がある。 そこへ行くと、日本の見物は実に寛大で、役者は誠に気楽だ
斎藤茂吉
昭和二十年の五月に燒けた青山の家には、澤山の書物などがあつて、いまだに目のまへにちらついてかなはない。書棚も、それから、萬葉關係の古書なんかも、燒ける前その儘の姿であらはれて來る。殘念などといつたところで、もはや甲斐ないはなしである。 さういふ灰燼に歸した物の中に、一本の洋傘があつた。これは、大正十年の十月、自分が留學の途にのぼるとき、丸善で買つたものであつ
北大路魯山人
かねて日本を出発する前から、フランスの鴨料理について、やかましく聞かされていた。 それというのも、一方的な西欧礼賛が多く、ほんとうのところは分ったものではないと、私はひそかに考えていた。フランスがどうの、アメリカがどうのと、親切に話してくれる人たちが、日本のこととなると、実はよく知らないのだから、話が初めから狂っている。 日本人にして、日本を知らない連中が向
長谷川時雨
煎藥 長谷川時雨 腸を拂ふと欝血散じ、手足も暖まり頭輕く、肩張りなんぞ飛んでゆくと、三上の友人が漢方醫を同道されて、藥効神のごとしといふ煎藥をすすめてゆかれたので、わたしはそれを一服、ちよつと失禮して見た。 煎藥を、苦い顏をして飮み下したわたしは、あれとこれと、今日から明日中にしてしまふ仕事のはかどりを考へてニコついてゐた。頭をはつきりさせておかないことには
桐生悠々
煎じ詰めれば 桐生悠々 煎じ詰めれば、理想と現実との衝突である。我は理想を見つめて、しかも漸次にこれを進まんとしているにも拘らず、彼等は現実に執着して、唯その直面する難局を打開し得れば、それで以て足れりとしているのだ。 だから、煎じ詰めれば、未来と現在との衝突でもある。我はワンズマンの修正により、進化論の適者を以て未来の状況に適応する者としているに反して、彼
久生十蘭
飯倉の西にあたる麻布勝手ヶ原は、太田道灌が江戸から兵を出すとき、いつもここで武者揃えをしたよし、風土記に見えている。大猷院殿の寛永の末ごろは、草ばかり蓬々とした、うらさびしい場所で、赤羽の辻、心光院の近くまで小山田がつづき、三田の切通し寄り、菱や河骨にとじられた南下りの沼のまわりに、萱葺きの農家がチラホラ見えるほか、眼をさえぎるほどのものもないので、広漠たる
小川未明
うすぐもりのした空を、冷たい風が吹いていました。少年は、お母さんの、針仕事をなさる、窓のところで、ぼんやり、外の方をながめていました。もはや、木の葉がうすく色づいて、秋もふけてきました。 「さっきから、そこで、なにを見ているの。」と、お母さんが、少年のようすに気がついて、聞かれました。 「ぼく、煙を見ていたの。」 お母さんは、ちょっと手を止めて、その方を見る
小川未明
冬の晴れた日のことであります。太陽は、いつになく機嫌のいい顔を見せました。下界のどんなものでも、太陽のこの機嫌のいい顔を見たものは、みんな、気持ちがはればれとして喜ばないものはなかったのであります。 太陽は、だれに対しても差別なく、いつでも、喜んで話し相手になったからであります。ちょうどこのとき、太陽は、ちょろちょろと、白い煙をあげている煙突に向かって、 「