触覚について
宮城道雄
私は盲人であるので、ものの形を目で見るかわりに、手の感覚で探って見るわけである。そして、手の先も始終ものを触って見る練習が積めば、だんだん指先の感じが鋭敏になっていくものである。 盲人の用いる点字というものは、人も知っている通りに、紙を針の先で突いて、その出た方の点のならべ方で読むのである。即ち、六つの点のならび方と、点と点との間隔で、いろいろの字になるので
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宮城道雄
私は盲人であるので、ものの形を目で見るかわりに、手の感覚で探って見るわけである。そして、手の先も始終ものを触って見る練習が積めば、だんだん指先の感じが鋭敏になっていくものである。 盲人の用いる点字というものは、人も知っている通りに、紙を針の先で突いて、その出た方の点のならべ方で読むのである。即ち、六つの点のならび方と、点と点との間隔で、いろいろの字になるので
高村光太郎
触覚の世界 高村光太郎 私は彫刻家である。 多分そのせいであろうが、私にとって此世界は触覚である。触覚はいちばん幼稚な感覚だと言われているが、しかも其れだからいちばん根源的なものであると言える。彫刻はいちばん根源的な芸術である。 私の薬指の腹は、磨いた鏡面の凹凸を触知する。此は此頃偶然に気のついたことであるが、ガラスにも横縦がある。眼をつぶって普通の玻璃面を
岸田国士
言はでものこと 岸田國士 芝居と云ふものを強ひて「大勢」に見せるものと考へる必要はない。 「自分たちの芝居」と云ふものがあつていゝ。「ほかのものには面白くない芝居」があつても仕方がない。 先づ「これは芝居だ」と云へるやうな芝居が書きたい。 「これも芝居だ」と云へるやうな芝居も書きたい。 「これが芝居だ」と云へるやうな芝居は、一生のうちに書けるかどうか。 「或
桐生悠々
言いたい事と言わねばならない事と 桐生悠々 人動もすれば、私を以て、言いたいことを言うから、結局、幸福だとする。だが、私は、この場合、言いたい事と、言わねばならない事とを区別しなければならないと思う。 私は言いたいことを言っているのではない。徒に言いたいことを言って、快を貪っているのではない。言わねばならないことを、国民として、特に、この非常時に際して、しか
水野葉舟
「言文一致」といふ言葉は、今では既に推移し去つた過去のものになつてしまつてゐる。死語になつた感がある。その役目をすまし、次ぎの段階に移り進んで死んで脱殻になつてしまつたのである。 私は時折、日本の文章が、この半世紀の間に急流の勢ひで変遷して、今日の姿になつて来た跡が思ひ出される。言葉の生死もそれにつれて激しかつた。これはもとより止る処なき進歩の跡だ。固い殻、
新村出
旧版の『言林』は、昭和二十四年(一九四九年)の早春に出たのであったが、幸にして一般文化界、殊に教育界や読書界に普及し歓迎されて、編著および発行に従事協力しあったわれわれが均しく喜んでやまなかった所であった。しかし、出版以来すでにいつしか八年の星霜を経て、その間、文化界における諸般の実質ならびに形式上の発展と改進、とりわけ国語教育の方面の漸進的、いなむしろ躍進
新村出
われわれの文化生活のうち、日常ないし教育および教養、いろいろの場合において、専門辞書は別として、普通辞書が欠くべからざることは、今更特筆するにも及ばないが、編者の如き、永年国語の学習や研究や教育に従事し来たった者にとっても、座右常に手ばなせない物は、小中辞典である。従って、読み書き共に、注意を怠らないと同時に、絶えず増補なり改訂なりに務め、取捨や選択に苦慮し
新村出
ここにわが親愛なる『言林』の完成に当って一言を述べて記念としたいと思う。 平和後、思想・制度等万般事象の百八十度の転換、教育・文化さては文章表現法の激変等の結果、旧来の国語辞典が現代人の欲求を満たし得ないことは万人のひとしく認めるところである。社会人の飽くなき熱烈な要求にもかかわらず、当然あらわるべき良辞典の出なかったことは、文化事業に対する理解度や資金・用
新村出
『辞苑』出でて茲に三星霜、幸に大方人士の歓迎と支援とを得て、版を重ぬること実に百八十有二、編者の洵に欣幸とする所である。 編者はこの望外の厚意に励まされて、更に簡易・軽便にして効果的なる国語辞書の編纂を企て、爾来経営を怠らなかった。即ち編者は『辞苑』の完成以来、先ず中等学校・青年学校・小学校の国語読本を始め、各教科書の主要語彙の蒐集を図り、又進んで専門用語の
平林初之輔
探偵小説を広義に解するならば、実社会において比較的稀にしか起こらぬ出来事を取り扱った小説であると言えましょう。同じ恋愛を取り扱っても、普通の程度、普通の径路を辿る恋愛事件を取り扱わないで、程度が病的であるとか径路が数奇を極めているとかでなければ探偵小説とはなりにくいように思われます。 ところで、かような小説は普通の事件や心理状態を取り扱ったものと比べて価値が
パスカルブレーズ
(ある人のために、パスカルの言葉を抄録する) 些細なことが私達を慰める。何故といふに些細なことが私達を悲ませるから。 ソロモンとヨブとは、奈何なる人よりも人間の悲みを知つて居たし、又、語りもした。前者は人として最も幸福であつた。後者は最も不幸であつた。前者は快樂の空しいことを、後者は不幸の實際を、いづれも經驗によつて知つて居た。 私達は毎日食ひ且つ眠ることに
小川未明
もう昔となった。その頃、雑司ヶ谷の墓地を散歩した時分に、歩みを行路病者の墓の前にとゞめて、瞑想したのである。名も知れない人の小さな墓標が、夏草の繁った一隅に、朽ちかゝった頭を見せていた。あたりは、終日、しめっぽく、虫が細々とした声で鳴いている。そして、たゞ、こゝにも世上の喧轟を他にして、月日が流れていることを思わせたのであった。 思うに、ある年のある日、旅人
寺田寅彦
「鉄塔」第一号所載木村房吉氏の「ほとけ」の中に、自分が先年「思想」に書いた言語の統計的研究方法(万華鏡所載)に関する論文のことが引き合いに出ていたので、これを機縁にして思いついた事を少し書いてみる。 「わらふ」と laugh についてもいろいろなおもしろい事実がある。laugh は (AS.)hlehhan から出たことになっているらしいが、この最初のhがと
岸田国士
言葉言葉言葉 岸田國士 ――僕はあなた見たいな女が好きですよ。 ――さう? あたしも、あなた見たいな男が好き……。 ――へえ、それぢや、入れ代つたらよかつたなあ。 かういふ間違ひは、そんなに稀ではない。 頭のてつぺんから――うしろから――額の生え際から声を出す人がある。 日本の役者は妙な処から声を出しますね。――旧劇では頬のあたりから。新派劇では眼と眼の間か
岸田国士
言葉といふものは、書かれる場合と話される場合とで、余程性質が違つて来るものである。 書かれた言葉、即ち「文章」については、いろいろの研究や模範が示されてゐるが、「語られる言葉」即ち「談話」といふものになると、まだ日本ではそれほど人々の注意をひいてゐない。 文章の善し悪しは、近頃漸く正しい批判に基いて論じられるやうになつたが、「談話」や「弁舌」の標準は、どうも
岸田国士
言葉の魅力[第一稿] 岸田國士 一 「言葉」といふものは、単に思想や感情を伝へる記号として、日常生活に欠くべからざるものであるばかりでなく、ある一人の使ふ「言葉」は、万人共通の意味をもつと同時に、その人に「固有にあるもの」を現はしてゐるのであつて、この点から見れば、それは人間の「表情」に近いものである。 従つて、語学的に、又は文法的に正しい言葉遣ひといふもの
幸田露伴
二葉亭主人の逝去は、文壇に取っての恨事で、如何にも残念に存じます。私は長谷川君とは対面するような何等の機会をも有さなかったので、親しく語を交えた事はありませんが、同君の製作をとおして同君を知った事は決して昨今ではありません。抑まだ私などが文筆の事にたずさわらなかった程の古い昔に、彼の「浮雲」でもって同君の名を知り伎倆を知り其執筆の苦心の話をも聞知ったのであり
知里真志保
私は昨年の秋、当地に開かれた文化講座において、アイヌ民族は北方から渡来した民族であり、その渡来の経路は恐らくカムチャツカ方面から千島列島を南下して北海道へ渡り、その一分派は太平洋沿岸を南下して釧路、十勝の浜伝いにエリモの崎を越えて日高のシズナイの辺まで進み、また他の一派はオホーツク海に沿うて北上し、宗谷から一つの分派を樺太に送り、他の一分派は日本海沿岸を南下
中井正一
言語は生きている 中井正一 フンボルトは、言葉はエルゴン(創られたるもの)ではなくして、エネルゲイヤ(創るちから)であると云う。 ほんとうに言葉は生きているように思われる。と云うか、同じ言葉を十年くらいで、もう、ほかの意味に取違えてしまう。それほど言葉は生きて動いている。 例えば、外国語の subject なる言葉を、人々は「主観」と訳していた。ところが昭和
折口信夫
言語の用語例の推移 折口信夫 言語の用語例の推移の問題は、今よりももつと盛んに研究せられてよいことゝ思ふ。凡どんな語にも、語原又は第一義にとゞまつてゐると言ふのは見られないのが、事実である。 我々の国に、語彙の撰述がはじまつてから、随分長い年代を経てゐる。殊に明治以後は、外国の辞書編纂の方法などが参考せられて、相応な効果があがつて来てゐる。だが其等の本に、語
寺田寅彦
人間というものが始めてこの世界に現出したのはいつ頃であったか分らないが、進化論に従えば、ともかくも猿のような動物からだんだんに変化して来たものであるらしい。しかしその進化の如何なる段階以後を人間と名づけてよいか、これも六かしい問題であろう。ある人は言語の有無をもって人間と動物との区別の標識としたら宜いだろうと云い、またある人は道具あるいは器具の使用の有無を準
ボードレールシャルル・ピエール
彼は淋しい大きな公園を散歩しながら独言つた、「あの女が襞の一杯ついてゐる贅を尽した宮廷服を着て、美しい黄昏の中を、広い芝生と泉水に向つた宮殿の大理石の石段を降りて来たらどんなに美しいだらう! なぜといつて、あの女は生れつき王女の風があるからな。」 少し経つて或る街を通りかゝつたとき、彼は一軒の版画店の前に立止まつた。そして紙挾の中に熱帯地方の風景の版画を見付
平出修
計畫 平出修 「昨日大川君から來たうちから、例のものを送つてやつて下さい。」亨一は何の氣なしに女に云つた。疊に頬杖して、謄寫版の小册子に讀み入つて居たすず子は、顔をあげて男の方を見た。云ひかけられた時詞の意味がすぐに了解しにくかつた。 「靜岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを會得して居た。「さうですか」と
平出修
計画 平出修 「昨日大川君から来たうちから、例の者を送つてやつて下さい。」亨一は何の気なしに女に云つた。畳に頬杖して、謄写版の小冊子に読み入つて居たすず子は、顔をあげて男の方を見た。云ひかけられた詞の意味がすぐに了解しにくかつた。 「静岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを会得して居た。「さうですか。」と云