
泉鏡花 · 日语
이즈미 교카의 "세 명의 맹인 이야기"는 안개 자욱한 길에서 우연히 만난 세 맹인의 기묘하고 애절한 이야기를 섬세하게 그려냅니다.
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이즈미 교카의 "세 명의 맹인 이야기"는 안개 자욱한 길에서 우연히 만난 세 맹인의 기묘하고 애절한 이야기를 섬세하게 그려냅니다. 몽환적인 분위기와 아름다운 문체 속에서 인간의 고독과 연민, 그리고 삶의 덧없음을 깊이 있게 탐구합니다. 맹인들의 시각을 통해 드러나는 세상의 이면과 그들의 내면 풍경은 독자에게 강렬한 인상을 남기며, 잊을 수 없는 여운을 선사할 것입니다.
泉鏡花 · 日语
이즈미 교카의 "세 명의 맹인 이야기"는 안개 자욱한 길에서 우연히 만난 세 맹인의 기묘하고 애절한 이야기를 섬세하게 그려냅니다.
全文
原文 (日语)
「もし/\、其處へ行らつしやりますお方。」……と呼ぶ。
呼ばれた坂上は、此の聲を聞くと、外套の襟から先づ悚然とした。……誰に似て可厭な、何時覺えのある可忌しい調子と云ふのではない。が、辿りかゝつた其のたら/\上りの長い坂の、下から丁ど中央と思ふ處で、靄のむら/\と、動かない渦の中を、見え隱れに、浮いつ沈みつする體で、跫音も聞えぬばかり――四谷の通りから穴の横町へ續く、坂の上から、しよな/\下りて來て、擦違つたと思ふ、と其の聲。
何の約束もなく、思ひも懸けず行逢つたのに、ト見ながら行過ぎるうち、其れなり何事も無しには分れまい。呼ぶか、留めるか、屹と口を利くに違ひない、と坂上は不思議にも然う思つた。尤も其は、或機會に五位鷺が闇夜を叫ぶ、鴉が啼く、と同じ意味で、聞くものは、其處に自分一人でも、鳥は誰に向つて呼ぶのか分らない。けれども、可厭な、可忌しい聲を聞かずには濟むまい、と思ふと案の定……
來て、其の行逢つたものは、一ならびに並んだ三人づれで、どれも悄乎とした按摩である。
中に挾まれたのは、弱々と、首の白い、髮の濃い、中年増と思ふ婦で、兩の肩がげつそり痩せて、襟に引合せた袖の影が――痩せた胸を雙の乳房まで染み通るか、と薄暗く、裾をかけて、帶の色と同じやうに――黒く映して、ぴた/\ぴた/\と草履穿か、地とすれ/\の褄を見た。
先に立つたのは鼠であらう、夜目には此の靄を織つてなやした、被布のやうなものを、ぐたりと着て、縁なしの帽子らしい、ぬいと、のはうづに高い、坊主頭其のまゝと云ふのを被つた、脊のひよろりとしたのが、胴を畝らして……通る。
後なる一人は、中脊の細い男で、眞中の、其の盲目婦の髮の影にも隱れさうに、帶に體を附着けて行違つたのであるから、形、恰好、孰れも判然としない中に、此の三人目のが就中朧に見えた。
此の癖、もし/\、と云つた、……聲を聞くと、一番あとの按摩が呼留めた事が、何うしてか直ぐに知れた……
「私かい。」
と直ぐに答へて、坂上は其のまゝ立留まつて、振向いた……ひやりと肩から窘みながら、矢庭に吠える犬に、(畜生、)とて擬勢を示す意氣組である。
「はあ、お前樣で。」
と沈んで云ふ。果せる哉、殿の痩按摩で、恁う口をきく時、靄を漕ぐ、杖を櫂に、斜めに握つて、坂の二三歩低い處に、伸上るらしく仰向いて居た。
先の二人、頭の長いのと、何かに黒髮を結んだのは、芝居の樂屋の鬘臺に、髷をのせて、倒に釣した風情で、前後になぞへに並んで、向うむきに立つて、同伴者の、然うして立淀んだのを待つらしい。
坂上は外套の袖を捻ぢて、踵を横ざまに踏みながら、中折の庇から、對手の眉間を透かし視つつ、
「私に用か。」
「一寸……お話しが……ありまして……」と落着いたのか、息だはしいのか、冬の夜ふけをなまぬるい。
「用事は何です。」
はじめ、靄の中を、此の三人が來て通りすがつた時、長いのと短いのと、野墓に朽ちた塔婆が二本、根本にすがれた尾花の白い穗を縋らせたまゝ、土ながら、凩の餘波に、ふは/\吹き送られて來たかと思つた。
漸つと、其の(思つた)が消えて、まざ/\と恁うしてものを言交はせば、武藏野の丘の横穴めいた、山の手場末の寂びた町を、搜り/\に稼いで歩行くのが、誘ひ合はせて、年を越す蚊のやうに、細い笛の音で、やがて木賃宿の行燈の中へ消えるのであらうと、合點して、坂上も稍もの言ひが穩かに成つたのである。
按摩は其仰向いて打傾いた、耳の痒いのを掻きさうな手つきで、右手に持添へた杖の尖を、輕く、コト/\コト/\と彈きながら、
「用と云うて、別に、此と云うてありませぬ。ありませぬ、けれども、お前樣今から、何處へ行かれます。何處へ、何處へ、何處へ?」……と些と嘲けるやうに、小鼻で調子を取つた聞き方をする。
「構ひなさんな。」
無理な首尾の、婦に忍ぶ夜であつた……
坂上は憤然として、
「何處へ行つても可いではないか。」
「可うない、其が可うない、お前樣、」と押附けに言つた聲に、振切つては衝と足の出ぬ力が籠る。
「何故惡いんだね。」
と、却つて坂下へ小戻りにつか/\と近づいたが、餘り傍へ寄ると、靄が、ねば/\として顏へ着きさうで、不氣味で控へた。
「もう遲い!」
と急に幅のある強い聲。按摩は其の時、がつくりと差俯向く。
立ち窘んだ體だつた、長頭の先達盲人は、此の時、のろりと身動きして、横に崖の方へ顏を向けた。
次の婦は、腰から其の影を地へ吸込まれさうに、悄乎と腰をなやして踞む……鬢のはづれへ、ひよろりと杖の尖が抽けて青い。
三人が根をおろしたらしく見て取ると、坂上も、急には踏出せさうもなく、足が地に附着いたが、前途を急ぐ胸は、はツ/\と、毒氣を掴んで口から吹込まれさうに躍つて、血を動かしては、ぐつと膨れ、肉をわなゝかしては、げつそり挫げる。
坂の其の兩方は、見上げて峰の如き高臺のなだれた崖で、……時に長頭が面を向けた方は、空に一二軒、長屋立が恰も峠茶屋と云ふ形に、霜よ、と靄のたゝまり積んだ、枯草の上に、灯の影もなく鎖さるゝ。
で、此のものどもの寄つた方は、木の根ぐるみ地壓への杭も露顯に、泥の崩れた切立てで、上には樹立が參差と骨を繋ぐ。其の枝の所々、濁つた月影のやうな可厭な色の靄が搦んで、星もない……山深く谷川の流に望んだ思ひの、暗夜の四谷の谷の底、時刻は丁ど一時頃。
激しく動くは胸ばかり……づん/\と陰氣な空から、身體を壓附けられるやうで、
「遲いのが、何で惡い。」
とものいひも重く成る。
「然う言はれる、申される……」
と杖を持つた手の甲を、丁と敲き、
「如何にも、もし、それが惡い……」
「行つては不可いと云ふのかね。」と、心がかりな今夜の逢ふ瀬の、辻占にもと裏問へば……
「惡いと云うたりとて、お前樣氣一つで行かるれば、それまでの事ではあれど、先づお留め申したい。
これは、私一人か……
其處に居る人も。」
と云つて、杖をまつすぐに持直すと、むかうで長頭が、一つ幽な咳。
「行くなつたつて、行かなけりや成らない所だつたら何うします。」
と坂上の呼吸はあせつた……
「親が大病だか、友だちが急病だか、知れたもんですか。……君たちのやうに言つちや、何か、然も怪しい所へでも出掛けるやうだね。」
「へゝゝ、」
と杖の尖に頬をすりつける如く傾がつて、可厭に笑ひ、
「其が分ればこそ申すのなり、あの人も言へと言ひます……當てますか、私が。……知つても大事ない。明けて爾々とお言ひなされ。お前樣は婦に逢ひに行く、」
「…………」
「な、然も、先方は、義理、首尾で、差當つては間の惡い處を、お前樣が突詰めて、斷つて、垣も塀も、押倒し突破る、……其の力で、胸を掻るやうにあせるから、婦も切つて、身にも生命にも代へて逢はうと云ふ。其へ行く……お前樣、其の途中でありませう。通りがかりから、行逢うて、恁うやつて擦違うたまでの跫音で、よう知れました。とぼ/\した、上の空なので丁と分る……
霧もかゝり、霜もおりる……月も曇れば星も暗し、此の大空にも迷ひはある。迷ひも、其は穩かなれども、胸の塞り呼吸が閉る、もやくやなあとの、電、はたゝがみを御覽ぜい。
人間の思ひ、何事も不思議はない。
私が心に思較べた……身に引較べればこそ、此の掌を……」
と云ふ、己が面へ、掌を蓋する如くに、
「……掌を見るとやら申す通り、見えぬ目にも知れました。」
あとの二人とも、此の時言合はせた體に、上と下で、衣ものの襞まで、頷いたのが朧に分つた。
坂上は、氣拔けのした状に、大息を吻と吐いて、
「辻で賣卜をする人たちか。私も氣が急いだので、何か失禮を言つたかも知れない……
先方は足袋跣足で、或家を出て、――些と遠いが、これから行く所に、森のある中に隱れて待つた切、一人で身動きも出來ないで居るんです。
其の事は、私が今まで居た所へ、當人から懸けた、符牒ばかりの電話で知れて、實際、氣も顛倒して急ぐんです。行かないで何うしますか、行つては惡いんですか。」
「われら考へたも其の通り……いや、男らしく、よう申されました。さて、いづれもお最惜しいが、あゝ、危い事かな。」
と杖を引緊めるやうに、胸へ取つて兩手をかけた。痩按摩は熟と案じて、
「先づお聞き申すが、唯今、此の坂の此の、われらが片寄つて路傍に立ちました……此の崖下に、づら/\となぞへに並びました瓦斯燈は、幾基が所燈が點いて、幾基が所消えて居ります。一寸、御覽ぜ、一寸御覽ぜ。」
と言ひ/\、がく/\と項を掉つて首を垂れる。
言に引向けられたやうに、三人の並んだ背後を拾つて、坂下から、上の町へ、トづらりと視ると……坂上は今夜はじめて此の路を通るのではない。……片側へ並べて崖添ひに、凡そ一間おきぐらゐに、間を籠めて、一二三堂と云ふ、界隈の活動寫眞の手で建てた、道路安全の瓦斯燈がすく/\ある。
しろ/″\と霜柱のやうに冷たく並んで、硝子火屋は、崖の巖穴に一ツ一ツ窓を開けた風情に見えて、ばつたり、燈が消えたあとを、目の屆く、どれも是も、靄を噛んで、吸ひ溜め吸ひ溜め、透間を覗いて切れ/″\に灰色の息を吹出す。
かと思へば、目の前に近いのは、あらう事か、鬼の首を古綿で面形に取つた形に、靄がむら/\と瓦斯燈の其の消えたあとに蟠つて、怪しく土蜘蛛の形を顯し、同じ透間から吹く息も、これは可恐しい絲を手繰つて、天へ投掛け、地に敷き展べ、宙に綾取る。や、然う思へば、靄のねば/\は、這個の振舞か。
「大抵、皆消えて居ります筈で。」
と按摩は、坂上が然うして、きよろ/\と瓦斯燈をす内に、先んじて又云つた。
「すつかり消えて居る。あゝ、」と尚ほ一倍、夜の更けたのが身に染みた。
「な、消えて居りませう……けれども、お前樣から、坂の上の方へ算へまして、其の何臺目かの瓦斯が一つ、まだ燈が點いて居らねばなりませぬ。……見えますか。」
「見える……」
と答へた、如何にも一臺、薄ぼんやりと、灯が亂れて、靄へ流れさうに點いて居る。
「しかし、何本めだか一寸分らない。」
「餘り遠い所ではありませぬ。人通りのない、故道松並木の五位鷺は、人の居處から五本目の枝に留ります、道中定り。……其の灯の消殘りましたのは、お前樣から、上へ五本目と存じます。
私が間違つた事を言ひますれば、其處に居ます師匠、沙汰をします筈。點つて立つて居ります上は、決して相違ないと存じます。數を取つて御覽ぜ、御覽ぜ……一つ、」と杖の尖をカタ/\と二つ鳴らす。
「一い……」
「二ツ、」と三ツ、杖の尖をコト/\コト。
「三い……四う……確に五本目……」
「でありませうな。」
「何うしたと云ふんです。」
「お前樣、此の暗夜に、われらの形、崖の樣子、消えた瓦斯燈の見えますのも、皆其の一つの影なので。然もない事には、鼻を撮まれたとて分りませぬが。」
成程、覺束ない、ものの形も、唯一ツ其の燈の影なのである……心着くと、便りない色ながら、其の力には、揃つて消えた街燈が、時々ぎら/\と光りさへする――靄が息を吐いて瞬く中に、――坂上の姿もふら/\として、
「一體、其が何うしたんです。」
「然れば……其の五基目に一ツ殘りました灯の下に、何か見えはいたしませぬか。」
「何が、」
と云ふのも聲が震ふ、坂上は又慄然とした。
「何か、居はいたしませぬか。」
「何にも、何にも居らん。」
「居りませぬか。」
「居ない。」
「居ないが定に成りませぬ。お前樣が其處までお運びなさりますれば、必ず出ます。……それ故に、お留め申すのでありまして、まあ、お聞きなさりまし。」
と捻向いて、痩按摩は腰を屈めながら、丁ど足許に一基あつた……瓦斯燈の根を、其處に轉がつた、ごろた石なりにカチ/\と杖で鳴らした。が音も響かず、靄に沈む。
「先づ……最う一ツ念のために申さうに……われらが居ります此なる瓦斯燈、唯た今、お前樣を呼留めましたなり、一歩とて後へも前へも動きませぬ……此は坂下からはじめまして、立ちました瓦斯燈の、十九基めに相違ありませぬ。
間違へば、師匠沙汰をなされます。
さて、三年前、……日は違ひます。なれども、同じ此の霜月の夜さり、丁ど同じ今の時刻、私にもお前樣と同じ事がありました。……
其の頃は、決して其の、恁やうな盲目ではありませなんだ。」
と云ふ、まともに坂上に對して、向直つたけれども、俯向いたなりで顏は上げぬ。
「よう似た、お前樣と同じ事で、然る婦にあひゞきに參るので、此處を、此の坂を、矢張り、向つて下から、うか/\と上りかけたのでありました。
時に擦違つたものが、これだけは、些と樣子が違ひまして、按摩一人だけが見えました。」
其の時、件の、長頭は、くるりと眞背後にむかうを向いた、歩行出すか、と思ふと……熟と其のまゝ。
婦は、と見ると、其は、夥間の話を聞くらしく、踞んだなりに、くるりと此方に向直つた、帶も膝も、くな/\と疊まれさうなが、咽喉のあたりは白かつた。
按摩の聲は判然して、
「で、其で矢張り、お前樣に私がしましたやうに、背後から呼留めまして、瓦斯の五基目も、足もとの十九の數も、お前樣に今われらが言うた通りの事を申します。
私はこゝで、其の通りを、最う一度申しますばかりの事。
何で、約束した其の婦に逢ひに行つては成らぬのかと――今のお前樣の通りを、又其の時私が尋ねますと、彼の盲人が申すには、」
其の盲人は、こゝに先達の其の長頭である事は、自から坂上の胸に響く。
「上へ五本めの、一つ消え殘つた瓦斯燈の所に、怪しいものの姿が見える……其は、凡て人間の影を捉る、影を掴む、影法師を啖ふ魔ものぢや。
彼めに影を吸はるれば、人間は形痩せ、嘗めらるれば氣衰へ、蹂躙らるれば身を惱み、吹消さるゝと命が失せる。
凡そ、月と日とともに、影法師のある所、件の魔もの附絡はずと云ふ事なうて、且つ吸ひ、且つ嘗め、蹂躙る。が、いづれ其の人の生命に及ぶには間があらう。其もつて大事ぢやに、可恐しいは、今あるやうな燈の場合。一口くわつと遣つて、」
と云つた。按摩の唇は尖つたな!
「立所に影を啖ふ、啖はるれば、それまでぢや、生命にも及びかねぬ。必ず此の坂を通らるゝな……
と恁う言ひます。
私も血氣で、何を言ふ。第一、其魔ものとはどんなものか、と突懸つて訊きますと、其の盲人ニヤリともせず、眞實な顏をしまして、然れば、然れば先づ、守宮が冠を被つたやうな、白犬が胴伸びして、頭に山伏の兜巾を頂いたやうなものぢや、と性の知れぬ事を言ふ。
いや、聞くよりは見るが疾い。さあ、生命を取られて遣らう、と元來、あたまから眞とは思ひませぬなり。づか/\、其の、……其處の其の五基めの瓦斯燈の處まで小砂利を蹴つて參りますと、道理な事、何の仔細もありませぬ。
處に、右の盲人、カツ/\と杖を鳴らして、刎上つて、飛んで參り、これは無體な事をなされる。……強い元氣ぢや。私が言うて聞かす事を眞とは思はぬ汝に、言託けるのは無駄ぢやらうが、ありやうは、右の魔ものは、さしあたり汝の影を、掴まうとするではない。
今夜……汝が逢ひに行く……其の婦の影を捉らうと、豫てつけ狙うて居るによつて、嚴い用心、深い謹愼をしますやう、汝を通じて、其の心づけがしたかつたのぢや。
と恁う又言ふのでありました。」
「まざ/\と譫言吐く……私の婦知つたりや、と問ひますと、其を知らいで何をする……今日も晩方、私が相長屋の女房が見て來て話した。谷町の湯屋で逢うたげな。……よう湯の煙で溶けなんだ、白雪を撫でてふつくりした、其は、其は、綺麗な膚を緋で緊めて、淡い淺葱の紐で結へた、乳の下する/\辷るやうな長襦袢。小春時の一枚小袖、藍と紺の小辨慶、黒繻子の帶に、又緋の扱帶……髷に水色の絞りの手絡。艷の雫のしたゝる鬢に、ほんのりとした耳のあたり、頸許の美しさ。婦同士も見惚れたげで、前へり、背後で視め、姿見に透かして、裸身のまゝ、つけまはいて、黒子が一つ、左の乳の、白いつけ際に、ほつりとある事まで、よう知つたと云ふ話。
何と、此の婦に相違あるまい、汝が逢ひに行く其の婦は……
と又其の盲人が云ふのであります。」
聞くうちに、坂上は、ぶる/\と身震ひした。其は、其處に、此の話をする按摩の背後に跪い居て、折から面を背けた婦が、衣服も、帶も、まさしく、歴然と、其の言葉通りに目に映つたためばかりではない。――
足袋跣足で出たと云ふ、今夜は、もしや、あの友染に……あの裾模樣、と思ふけれども、不斷見馴れて氣に染みついた、其の黒繻子に、小辨慶。
坂上は血の冷えるあとを赫と成る。
「何うでありませう。お前樣。此から逢ひにおいでなさらうと云ふ、其の婦の方は、裾模樣に、錦の帶、緋縮緬の蹴出しでも。……其の黒繻子に、小辨慶の藍と紺、膚の白さも可いとして、乳房の黒子まで言ひ當てられました、私が其の時の心持、憚りながら御推量下さりまし。
こゝな四谷の谷底に、酷い事、帶紐取つて、あか裸で倒されてでも居りますのが、目に見えるやうに思はれました。
で、右の其の盲人は、例の魔ものは、其の婦の影を、嘗めう、吸はう、捉へよう、蹂躙らう、取啖はうとつけす――此の儀を汝から託けて、氣を注けるやう言ひなさい、と申したのを、よくも聞かずに、黒雲を捲いて、飛んで行き、電のやうに、鐵の門、石の唐戸にも、遮らせず、眞赤な胸の炎で包んで、弱い婦に逢ひました。
影を取る、影を吸ふ、影を嘗める、魔ものに逢つた。此の坂しか/″\の瓦斯燈のあかりで見て來た。……
婦の家は、つい此の居まはりでありました。――
夜も晝も附すぞ、それ、影が薄いわ、用心せい、とお前樣。
可哀氣に、苦勞で氣やみに煩つて、帶をしめてもゆるむほど、細々と成つて居るものを、鐵槌で打つやうに、がん/\と、あたまへ響くまで申しましたわ。
他人に、膚を見せたと思ふ妬みから、――婦が膝に突俯して、震へる聲の下で、途中、どんなものに逢つて誰に聞いた話だ、と右の影を捉る魔について尋ねました時、――おのれ、胸に問へ!なぞと云うて、盲人から聞いた事は言はずに了つたのでありました。
此が飛んでもない心得違ひ。其の盲人こそ、其の婦に思ひを懸けて、影のやうに附絡うて、それこそ、婦の家の居まはりの瓦斯燈のあかりで見れば、守宮か、と思ふ形體で、裏板塀、木戸、垣根に、いつも目を赤く、面を蒼く、唇を白く附着いて、出入りを附狙つて居たとの事。
はじめから、威したものが盲人と知れれば、婦も然までは呪詛れずに濟んだのでありませう。」
「今度、……其の次……段々に婦に逢ふ事が少くなりました。
兎角むかうで、私を避けるやうにするのであります。
……殺して死なう、と逆上するうち、段々委しく聞きますと、其の婦が、不思議に人に逢ふのを嫌ふ。妙に姿を隱したがるのは、此の、私ばかりには限らぬ樣子。
終には猫又が化けた、妾のやうに、日の目を厭うて、夜も晝も、戸障子雨戸を閉めた上を、二重三重に屏風で圍うて、一室どころに閉籠つた切、と言ひます……
漸との思ひ、念力で、其の婦を見ました時は、絹絲も、むれて、ほろ/\と切れて消えさうに、なよ/\として、唯うつむいて居たのであります。
顏を上げさした……ト目が、潰れました。へい、いえ、其の婦の兩眼で。
聞きますると、私に、件の影を捉る魔ものの話を聞いてからは、瞬く間さへ、瞳に着いて、我と我が影が目前を離れぬ。
臺所を出れば引窓から、縁に立てば沓脱へ、見返れば障子へ、壁へ、屏風へかけて映ります。
映ると其の影を、魔が來て、吸ひさうで、嘗めさうで、踏みさうで、揉みさうで、絡みさうで、寢さうで成らぬ。
月の影、日の影、燈の影、雪、花の朧々のあかりにも、見て影のない隙はなし……影あれば其の不氣味さ、可厭さ、可恐しさ、可忌しさに堪兼ねる。
所詮が嵩じて、眞暗がり。我が掌は見えいでも、歴々と、影は映る、燈を消しても同じ事で。
次第に、床の間の柱、天井裏、鴨居、障子の棧、疊のへり。場所、所を變へつゝ、彼の守宮の形で、天窓にすぽりと何か被つた、あだ白い、胴の長い、四足で畝るものが、ぴつたりと附着いたり、ことりと圓くなつたり、長々と這ふのが見えたり……やがて、闇の中、枕の下にも居るやうに成りました。
見る毎に、あツと聲を上げて、追へば、其の疾い事、ちよろ/\と走つて消えて、すぐに、のろりと顯れる。
見まい、見まいの氣が逆上つて、ものの見えるは目のあるため、と何とか申す藥を、枕をかいもの、仰向けに、髮を縛つた目の中へ點滴らして、其の兩眼を、盲にした、と云ふのであります。
心も暗夜の手を取合つて、爾時はじめて、影を捉る魔ものの話は、坂の途中で、一人の盲人に聞かされた事を申して、其の脊恰好、年ごろを言ひますと、婦は、はツと、はじめて目の覺めたやうに成つて、さめ/″\と泣出しました。
思ひの叶はぬ意趣返しに、何と!右の其の横戀慕の盲人に、呪詛はれたに相違ありませぬ。
頬の肉を引掴んで、口惜涙、無念の涙、慚愧の涙も詮ずれば、たゞ/\最惜しさの涙の果は、おなじ思ひを一所にしようと、私これ又此の通り、兩眼を我と我手に、……これは針でズブリと突いたのでありまする。
三世、一娑婆、因果と約束が繋つたと、いづれも發起仕り、懺悔をいたし、五欲を離れて、唯今では、其なる盲人ともろともに、三人一所に、杖を引連れて、晝は面が恥かしい、夜とあれば通ります……
路すがら行逢ひました。
御迷惑か存ぜぬが、靄の袖の擦合うた御縁とて、ぴつたり胸に當る事がありましたにより、お心着け申上げます……お聞入れ、お取棄て、ともお心次第。
此の上は、さて、何も存ぜぬ。然やうなれば、お暇を申受けます。」
言の下より、其處に、話の途中から、さめ/″\と泣いて居た婦は、悄然として、しかも、すらりと立つた。
とぼ/\とした後姿で、長頭から三つの姿、消えたる瓦斯に、幻や、杖の影。
婦が、白い優しい片手で立つ時、眼を拭いた布が姿を偲ぶ……其の紅絹ばかり、ちら/\と……蝶のやうに靄を縫ひ……
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常见问题
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