風宴
梅崎春生
夢を見ていた。 ともすれば目を覚まそうとする意識をねじ伏せねじ伏せして眠っているうちに、顔も服装もはっきり判らぬ、ごちゃごちゃした人のむれに交って、ぞろぞろと小学校の門の中に入って行った。 小学校の校庭に死骸が埋めてあって、それを掘り出さねばいけないというので、私は鍬を振って地面にうち下した。私をぐるりと取り巻いて眺めている人々の気配が、だんだん輪を狭めて、
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梅崎春生
夢を見ていた。 ともすれば目を覚まそうとする意識をねじ伏せねじ伏せして眠っているうちに、顔も服装もはっきり判らぬ、ごちゃごちゃした人のむれに交って、ぞろぞろと小学校の門の中に入って行った。 小学校の校庭に死骸が埋めてあって、それを掘り出さねばいけないというので、私は鍬を振って地面にうち下した。私をぐるりと取り巻いて眺めている人々の気配が、だんだん輪を狭めて、
梅崎春生
暁方、部隊長室から呼びに来た。跫音が階段を登り網扉を叩く前に、落葉の径を踏んで来る靴の気配で、彼は既に浅い眠りから浮上するようにして覚めていた。当番兵の佐伯の声である。網扉のむこうで薄黝く影が動くのが見えたが、すぐ行く、と彼は返事をしたまま再び瞼をふかぶかと閉じていた。軍靴の鋲が階段に触れる音が、けだるい四肢の節々に幽かに響いて来る、跫音はそのまま遠ざかるら
梅崎春生
七月初、坊津にいた。往昔、遣唐使が船出をしたところである。その小さな美しい港を見下す峠で、基地隊の基地通信に当っていた。私は、暗号員であった。毎日、崖を滑り降りて魚釣りに行ったり、山に楊梅を取りに行ったり、朝夕峠を通る坊津郵便局の女事務員と仲良くなったり、よそめにはのんびりと日を過した。電報は少なかった。日に一通か二通。無い時もあった。此のような生活をしなが
梅崎春生
五郎は背を伸ばして、下界を見た。やはり灰白色の雲海だけである。雲の層に厚薄があるらしく、時々それがちぎれて、納豆の糸を引いたような切れ目から、丘や雑木林や畠や人家などが見える。しかしすぐ雲が来て、見えなくなる。機の高度は、五百米くらいだろう。見おろした農家の大ささから推定出来る。 五郎は視線を右のエンジンに移した。 〈まだ這っているな〉 と思う。 それが這っ
安藤盛
「馬がほしい、馬がほしい、武士が戦場で、功名するのはただ馬だ。馬ひとつにある。ああ馬がほしい」 川音清兵衛はねごとのように、馬がほしいといいつづけたが、身分は低く、年は若く、それに父の残した借金のために、ひどく貧乏だったので、馬を買うことは、思いもおよばなかった。清兵衛は、毛利輝元の重臣宍戸備前守の家来である。 かれはなぜそんなに馬をほしがったか。それという
青空文庫
電子出版という新しい手立てを友として、私たちは〈青空の本〉を作ろうと思います。 青空の本を集めた、〈青空文庫〉を育てようと考えています。 青空の本は、読む人にお金や資格を求めません。いつも空にいて、そこであなたの視線を待っています。誰も拒まない、穏やかでそれでいて豊かな本の数々を、私たちは青空文庫に集めたいと思うのです。 先人たちが積み上げてきたたくさんの作
石川善助
台所は暗くものの焦げる匂ひがした。 前掛ばかり白い婦のひとは、 一日たわしのやうに濡れて汚なく、 一日叱られながら働き疲れ、 若さを洗濯板のやうに減らすのであつた。 夕暮いつも露路へ滲んでくる、 人脂を炙るやうな重いものは、 その人の生が乾いてゆく匂ひであつた。 ●図書カード
石川善助
玻璃器の和蘭魚が、湯のやうな水にあえいでゐた、蒸暑い室を出て政宗は新しい青葉の城楼に立ち、黄昏の市を眺めてゐた。光は次第に影つてしまひ、暗に町は沈んで行つた。兵は長い戦も終へ、静かな心のゆとりの中に、かすかな信仰の願ひさへ芽ぐんでゐた。広瀬川原は河鹿のなく、寂びまいぞ寂びまいぞと張る感情に、何時しか京洛外の、典雅な焚事の思ひ出が写つてゐた。「ああ」「府下一家
ノイバーガーマクス
過去20年間に医学史にたいして目覚ましい興味が戻ってきた。ヨーロッパ、イギリス、アメリカの大学で講座が作られ、この問題についての学会やクラブが出発した。1つだけでなく3つか4つの雑誌が作られ、数え切れないモノグラフや論文で豊かになった。Index Medicus(医学論文の2次資料。1879年に始まり2004年に最終号)を10年から12年のあいだ最近のものと
エリオットジェイムズ・サンヅ
最近ヨーロッパの南西部に逗留したことが、この「ギリシャおよびローマ医学の概観」を書くことの刺激になった。本の名前はこの本の限界をあるていど示している。私の希望は現在の文明が最も深く恩恵を受けている2つの国における医療の進歩の最も重要な段階の単なる全般的な概観を与えることにあるからである。ヨーロッパ大陸の著者たちによって多数の医学史の大著が書かれていてバス、シ
江戸川乱歩
青山浩一は、もと浜離宮であった公園の、海に面する芝生に腰をおろして、そこに停泊している幾つかの汽船を、ボンヤリと眺めていた。うしろに真赤な巨大な太陽があった。あたりは見る見る夕暮の色をおびて行った。ウイーク・デイのせいか。ときたま若い二人づれが通りかかるほかには、全く人けがなかった。 伯父のへそくりを盗み出した五万円は、十日間の旅行で遣いはたしてしまった。ポ
江戸川乱歩
この本を編集して、目次を並べてみたとき、祖先のことは書いてあるのに、直接の父母のことがないのはおかしいと思ったので、あとから「父母のこと」を書き加えたが、すると今度は、父母のことがあって、もっと直接な妻のことが何も書いてないのはおかしいという感じがした。息子や孫は、これから先が長いのだから、しいて書くにも及ばないが、私と同伴している妻のことに触れないのは、や
江戸川乱歩
私のつけ句 連作とは連歌俳諧の如きものであろう。第一の発句は余り限定的でない方がよろしい。脇はこれをいかようにも受けとるであろう。第三はまたそれを別の方向に転化するであろう。そして、最後の揚句と最初の発句とは似もつかぬ姿となることもあり得る。 私はこの連作の第一回を、ホフマンの「砂男」や、ワイルドの「ドリアン・グレイ」を連想しながら書いた。これをすなおに引き
江戸川乱歩
小説家大江蘭堂は、人形師の仕事部屋のことを書く必要に迫られた。ブリタニカや、アメリカナや、大百科辞典をひいて見たが、そういう具体的なことはわからなかった。 蘭堂は、いつも服をつくらせている銀座の洋服屋に電話をかけた。そして、表の店に飾ってあるマネキン人形は、どこから仕入れているのかと訊ねた。 マネキン問屋の電話番号がわかったので、そこへ電話した。こちらは小説
江戸川乱歩
ビヘヴィアリズムの新心理学によれば、人間生涯の運命というものは、遺伝よりも教育よりも、生後数ヶ月の環境によって殆ど左右されるものだそうである。で、女妖江川蘭子の悪魔の生涯も、恐らくは彼女の赤ちゃんであった時代の世にも奇異なる環境のせいであったに違いない。 ワットサン氏曰く、赤ちゃんに対しては「一見明白に唯だ二つの刺戟が、吾々が恐怖反応と呼ぶ行動の型を呼び起す
江戸川乱歩
三十二、三歳に見えるやせ型の男が、張ホテルの玄関をはいって、カウンターのうしろの支配人室へ踏みこんでいった。 ずんぐりと背が低くて丸々と太ったちょびひげの支配人がデスクに向かって帳簿をいじくっていた。そばの灰ざらにのせた半分ほどになった葉巻きから、細い紫色の煙がほとんどまっすぐに立ちのぼっていた。ハバナのかおりが何か猥※な感じで漂っていた。 「来ているね?」
江戸川乱歩
彼は余りにも退屈屋で且つ猟奇者であり過ぎた。 ある探偵小説家は(彼も又退屈の余り、此世に残された唯一の刺戟物として、探偵小説を書き始めた男であったが)この様な血腥い犯罪から犯罪へと進んで行って、遂には小説では満足出来なくなり、実際の罪を、例えば殺人罪を、犯す様なことになりはしないかと虞れた由であるが、この物語の主人公は、その探偵作家の虞れたことを、実際にやっ
江戸川乱歩
患者は手術の麻酔から醒めて私の顔を見た。 右手に厚ぼったく繃帯が巻いてあったが、手首を切断されていることは、少しも知らない。 彼は名のあるピアニストだから、右手首がなくなったことは致命傷であった。犯人は彼の名声をねたむ同業者かもしれない。 彼は闇夜の道路で、行きずりの人に、鋭い刃物で右手首関節の上部から斬り落とされて、気を失ったのだ。 幸い私の病院の近くでの
江戸川乱歩
わたしはそのころ世田谷警察署の刑事でした。自殺したのは管内のS町に住む南田収一という三十八才の男です。妙な話ですが、この南田という男は自分の妻に失恋して自殺したのです。 「おれは死にたい。それとも、あいつを殺してしまいたい。おい、笑ってくれ。おれは女房のみや子にほれているのだ。ほれてほれてほれぬいているのだ。だが、あいつはおれを少しも愛してくれない。なんでも
江戸川乱歩
シナリオ・ライター北村克彦は、股野重郎を訪ねるために、その門前に近づいていた。 東の空に、工場の建物の黒い影の上に、化けもののような巨大な赤い月が出ていた。歩くにしたがって、この月が移動し、まるで彼を尾行しているように見えた。克彦はそのときの巨大な赤い月を、あの凶事の前兆として、いつまでも忘れることができなかった。 二月の寒い夜であった。まだ七時をすぎたばか
江戸川乱歩
春、K温泉から山路をのぼること一哩、はるか眼の下に渓流をのぞむ断崖の上、自然石のベンチに肩をならべて男女が語りあっていた。男は二十七八歳、女はそれより二つ三つ年上、二人とも温泉宿のゆかたに丹前をかさねている。 女「たえず思いだしていながら、話せないっていうのは、息ぐるしいものね。あれからもうずいぶんになるのに、あたしたち一度も、あの時のこと話しあっていないで
江戸川乱歩
東京旧市内の、震災の大火にあわなかった地域には、その後発展した新しい大東京の場末などよりも、遥かに淋しい場所がいくつもある。東京のまん中に、荒れ果てた原っぱ、倒れた塀、明治時代の赤煉瓦の建築が、廃墟のように取り残されているのだ。 麻布のK町もそういう大都会の廃墟の一つであった。震災に焼きはらわれた数十軒の家屋のあとが、一面の草原に取り囲まれるようにして、青苔
江戸川乱歩
神谷芳雄はまだ大学を出たばかりの会社員であった。しかも父親が重役を勤めている商事会社の調査課員で、これというきまった仕事もない暢気な身の上であったから、飲み覚えた酒の味、その酒を運んでくれる美しい人の魅力が忘れがたくて、つい足しげくその家へ、京橋に近いとある裏通りの、アフロディテというカフェへ通よいつづけたのも、決して無理ではなかった。 しかし、もし彼がもっ
江戸川乱歩
私は探偵小説を書くのですが、探偵小説といっても、現在では色々の傾向に分れていて、昔の探偵小説という感じからは非常に遠いものもあるのです。私が書きますものは、それは完結して見なければ分らないのですが、恐らく本格探偵小説といわれているものには当らず、そうかといって、もっとも新しい傾向である、いわばモダン型でもなく、やっぱり私好みの古臭い怪奇の世界を出でないであろ