Vol. 2May 2026

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口業

竹内浩三

修利修利 摩訶修利 修修利 娑婆訶 己のうたいし ことのはのかずかずは 乾酪のごと 麦酒のごと 光うしないて よどみはてしは わがこころのさまも かくありなんとの 証なるべし うたうまじ かたるまじ ただ黙々として 星など読まん 風などきかん 口業のあさましきをおもいて われ 黙して 身をきり 臓をさいなまん ただ苦業こそよけれ ただに涅槃をおもい 顔色を和

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口笛を吹く武士

林不忘

口笛を吹く武士 林不忘 無双連子 一 「ちょっと密談――こっちへ寄ってくれ。」 上野介護衛のために、この吉良の邸へ派遣されて来ている縁辺上杉家の付家老、小林平八郎だ。 呼びにやった同じく上杉家付人、目付役、清水一角が、ぬっとはいってくるのを見上げて、書きものをしていた経机を、膝から抜くようにして、わきへ置いた。 「相当冷えるのう、きょうは。」 「は。何といっ

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古いはさみ

小川未明

どこのお家にも、古くから使い慣れた道具はあるものです。そしてそのわりあいに、みんなからありがたがられていないものです。英ちゃんのおうちの古いはさみもやはりその一つでありましょう。 英ちゃんの、いちばん上のお姉さんが小さいときに、そのはさみで折り紙を切ったり、また、お人形の着物を造るために、赤い布や紫の布などを切るときに使いなされたのですから、考えてみるとずい

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古いてさげかご

小川未明

ずっと前には、ちょっと旅行するのにも、バスケットを下げてゆくというふうで、流行したものです。年ちゃんのお家に、その時分、お父さんや、お母さんが、お使いになった古いバスケットがありました。 年ちゃんが、ある年の夏、お母さんにつれられて田舎へいったときには、このバスケットにりんごや、お菓子を入れて持ってゆきました。そして、帰りには、お土産のほかに、海岸で拾った石

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古九谷観

北大路魯山人

大聖寺の臣後藤才次郎なるもの徳川の万治年間、九州有田の製陶秘奥を探り、帰来所謂古九谷焼が創まる。あるいは中国に渡って古赤絵付けの法を得た。こんないきさつを無上に詮議だてして興がっている人もあるが、吾人の如きは、そんなことはどうだっていいじゃないかという方の組で、そんな閑には直ちにモノを直視する。実体そのものの価値を観てそれに感じ入る。また、それに具わった美に

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古事記 01 凡例

武田祐吉

一 本書は、古事記本文の書き下し文に脚註を加えたもの、現代語譯、解説、および索引から成る一 古事記の本文は、眞福寺本を底本とし、他本をもつて校訂を加えたものを使用した。その校訂の過程は、特別の場合以外は、すべて省略した。一 書き下し文、および索引は、歴史的かなづかいにより、その他の部分は、新かなづかいによつた。漢字はすべて正體を使用した。一 古事記は、三卷に

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古事記 04 解説

武田祐吉

古事記は、上中下の三卷から成る。その上卷のはじめに序文があつて、どのようにしてこの書が成立したかを語つている。古事記の成立に關する文獻は、この序文以外には何も傳わらない。 古事記の成立の企畫は、天武天皇(在位六七二―六八六)にはじまる。天皇は、當時諸家に傳わつていた帝紀と本辭とが、誤謬が多くなり正しい傳えを失しているとされ、これを正して後世に傳えようとして、

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古事記 05 語句索引

武田祐吉

一、本書の書き下し文について、そのうちの重要な語句を摘出して索引を作つた。神武天皇の如きは、本文にはないが、便宜上これを出してその記事の所在を示すこととした。主として句頭に出ない語句をこの索引に收め、他は歌謠各句索引に讓つたものが多い。一、同一の事項と認められるものは、用字が多少相違していても、一つに整理して出した。何々の命、何々の神、何々の王の如きも、たい

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古井戸

豊島与志雄

古井戸 豊島与志雄 一 初めは相当に拵えられたものらしいが、長く人の手がはいらないで、大小さまざまの植込が生い茂ってる、二十坪ばかりの薄暗い庭だった。その奥の、隣家との境の板塀寄りに、円い自然石が据っていた。 「今時、これほどの庭でもついてる借家はなかなかございませんよ。それですから、家は古くて汚いんですけれど、辛棒して住っておりますの。」 「そうですね。手

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古井戸のある風景

金鍾漢

しだれ柳はおいぼれてゐて 井戸のそこには くつきりと 碧空のかけらが落ちてゐて 閏四月 おねえさま ことしも 郭公が鳴いてゐますね つつましいあなたは 答へないで 夕顔のやうにほほゑみながら つるべをあふれる 碧空をくみあげる つるべをあふれる 伝説をくみあげる 径は麦畑のなかを折れて 庭さきに 杏も咲いてゐる あれはぼくらの家 まどろみながら 牛が雲を反芻

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古代人の思考の基礎

折口信夫

古代人の思考の基礎 折口信夫 一 尊貴族と神道との関係 尊貴族には、おほきみと仮名を振りたい。実は、おほきみとすると、少し問題になるので、尊貴族の文字を用ゐた。こゝでは、日本で一番高い位置の方、及び、其御一族即、皇族全体を、おほきみと言うたのである。この話では、その尊貴族の生活が、神道の基礎になつてゐる、といふ事になると思ふ。私は、民間で神道と称してゐるもの

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古代エジプトの作品

高村光太郎

エジプト彫刻最高期の作であるこの像はさすがに堂々たる大彫刻の美をもつている。後期王朝時代のもののように巨大ではないが、彫刻からうける感銘はかえつてそれよりも大きい。ギイザにある大スフインクス建造時代のこの王が遺憾なく造型美をあたえられている。材質も重剛な閃緑岩が用いられ、その堅さと光澤とが巧に彫刻美の基礎を作り上げ、寫眞と樣式化とが破綻なく融合し、形態の單純

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古代国語の音韻に就いて

橋本進吉

我が国の古典を読むについて何かその基礎になるようなことについて話してもらいたいという御依頼でございました。それで、我が国の古代の音韻についてお話申上げたいと思います。もっともこれについては、私の研究もまだ最後の処まで行き着いていないのでございまして、自分でも甚だ不満足ではございますが、しかしこれまで私が調べました範囲内でも、古典をお読みになるような場合に多少

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「古代感愛集」読後

堀辰雄

「古代感愛集」讀後 堀辰雄 お寒くなりました しかしそれ以上に寒ざむしい世の中の變り果てた有樣のやうでございますね ときどき東京に行つて歸つてきた友人などに東京の話を聞くたびに、先生などいかがお暮らしかと、心の痛いやうな思ひをいたします さういふ折など、いつぞや頂戴いたした御手づつの「古代感愛集」を披いては、さういふ一切を超えられた、先生の搖ぎもなさらぬやう

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古代東洋への郷愁 ――『仙書参同契』の解説――

中谷宇吉郎

『東と西』の問題は、人類にとって、最大の課題といわれる。東洋人としての立場からこの問題を考える場合、中国における古代の神仙思想というものが、どうしても逸することの出来ない要素のように、この頃思われてきた。齢のせいかもしれない。 直接の誘因は、露伴先生の神仙ものを、少しばかり読んだところにある。そのなかでも『仙書参同契』にひどく心を惹かれたので、その紹介を主と

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古代生活の研究 常世の国

折口信夫

一 生活の古典 明治中葉の「開化」の生活が後ずさりをして、今のあり様に落ちついたのには、訣がある。古典の魅力が、私どもの思想を単純化し、よなげて清新にすると同様、私どもの生活は、功利の目的のついて廻らぬ、謂はゞむだとも思はれる様式の、由来不明なる「為来り」によつて、純粋にせられる事が多い。其多くは、家庭生活を優雅にし、しなやかな力を与へる。門松を樹てた後の心

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古代生活に見えた恋愛

折口信夫

古代生活に見えた恋愛 折口信夫 一 今日伺ひまして、お話を聴かして頂かうと思ひました処が、かへつて私がお話をせなければならない事になりました。恋愛の話は、只今の私には、最不似合な話であります。併し、歴史的な話でもといふので、何かさせていたゞきます。 此恋愛といふものは、段々進化して、知識的になつて来て居りまして、大分、そこに遊びが這入つて来て居る。或は、知識

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古代研究 追ひ書き

折口信夫

古代研究 追ひ書き 折口信夫 この書物、第一巻の校正が、やがてあがる今になつて、ぽっくりと、大阪の長兄が、亡くなつて行つた。さうして今晩は、その通夜である。私は、かん/\とあかるい、而もしめやかな座敷をはづして、ひっそりと、此後づけの文を綴つてゐるのである。夜行汽車の疲れをやすめさせようと言ふ、肝いり衆の心切を無にせまい為、この二階へあがつて来たのであつた。

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古い伝説

片山広子

古い伝説 片山廣子 いつ、どんな本で読んだ伝説かはつきり覚えてゐない、夢のなかでどこかの景色を見て、蒼ぐらい波の上に白い船が一つみえてゐたやうに、伝説の中の女の姿を思ひ出す、美しい女である。世界最初の女、イヴよりもずつと前にこの世界にゐた美しいリリスである。 神は七日のあひだに、つまり七千年か七万年か計算することはむづかしいが、天地とその中の万物をお造りなさ

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古典からの新しい泉

宮本百合子

古典からの新しい泉 宮本百合子 世界が到るところで大きい動きと変化とをみせていて、この状態はおそらく五年や六年でおさまるものとは考えられない。 第一次の欧州大戦ののち世界の文学は非常に変化して、日本も文学の歴史に一つの転換を示した。 今日から明日へかけて私たちの吸う空気のなかに感じられている現代の波立ちは、その間からどんな文学を生み出して行くのだろう。そのこ

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古典竜頭蛇尾

太宰治

きのうきょう、狂せむほどに苦しきこと起り、なすところなく額の油汗拭うてばかりいたのであるが、この苦しみをよそにして、いま、日本文学に就いての涼しげなる記述をしなければならない。こうしてペンを握ったまま、目を閉じると、からだがぐいぐい地獄へ吸い込まれるような気がして、これではならぬと、うろうろうろうろ走り書きしたるものを左に。 日本文学に就いて、いつわりなき感

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古典風

太宰治

古典風 太宰治 ――こんな小説も、私は読みたい。(作者) A 美濃十郎は、伯爵美濃英樹の嗣子である。二十八歳である。 一夜、美濃が酔いしれて帰宅したところ、家の中は、ざわめいている。さして気にもとめずに、廊下を歩いていって、母の居間のまえにさしかかった時、どなた、と中から声がした。母の声である。僕です、と明確に答えて、居間の障子をあけた。部屋には、母がひとり

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